基本雑記

日記ブログ

日記を再開する

旅行も終わってSFマガジンの原稿も書き終えてバタバタと慌ただしい日々が終わったのでまた日記でも書き始めよう。イギリスには旅行というか予定している事業の打ち合わせにいったのだけれども。昨日は高山羽根子『オブジェクタム』、柞刈湯葉『未来職安』を読む。どちらもおもしろいが『オブジェクタム』は傑作。

『未来職安』の記事を書いて予約投稿に入れ、『オブジェクタム』は気合を入れて後日書くことにする。Javaを書いていたがだいぶ書き方がわかってきた。この今まであんまり触ってなかった言語を数ヶ月単位で実装していて、ようやく書き方がわかってきた時の感覚というのがとても好きだ。急に全体像が把握できるようになって、問題が起こったときにどこを直せばいいのか、どこを確認すればいいのかパッとわかるようになる感覚。こういうのって何故か段階的にわかるようになるんじゃなくて0から1にガチッと切り替わるようにしてわかるようになるんだよね。

余裕があるので『オブジェクト指向設計実践ガイド~Rubyでわかる進化しつづける柔軟なアプリケーションの育て方』を読み進める。これは名著。なぜ、どうやって設計を部品ごとに分離していくのかが明確に描かれていく。一章の書き出しなど、感動的だ。『世界は手続き的です。時の流れの中で出来事が順番に起こり、過ぎ去っていきます。朝起きてからの手続きであれば、ベッドから出て、歯を磨いて、コーヒーを淹れて、着替えて、仕事へ向かう、となるでしょう。こうした活動は手続き型のソフトウェアで表現できます。物事の順序がわかっているのですから、それぞれを実行するコードを書いて、1つ1つを慎重につなぎ合わせればよいのです。』

しかし現実問題として自分が設計する段階になるとここで書かれているような綺麗な設計にできるわけではない。それは原理的にできないのではなく僕が自在に使いこなせるほど理解していないからではあるが、ゼロからすべてを設計できるわけではなくカオス化したコードに機能を継ぎ足し継ぎ足ししていかなければいけない、そもそも仕様的に細かく部品ごとに分解できるほど理解ができていないままなし崩し的に実装に入らなければいけないなどの状況があるからであって、そうした状況にどう対抗していけばいいのか、といったところが経験知といったものなのだろう。

ラヴクラフト全集

7/26 曇。この日記は主に業務開始時間直後の午前中に書かれている。朝はやる気がでないのでなんか適当なことを書いているうちにやる気が沸き起こってくるのを待っているのだが、それはつまり業務が忙しくなると書いている暇がまるでなくなるという話でもある。8月に夏休みをとることもあって進めなければいけない作業が多く結構カツカツのスケジュールなのである。まあ、やるしかありませんな。

7月26日はそうやって一日実装したあとミルハウザー『魔法の夜』を読む。今週末のSFファン交流会のために少しは文学も読んでおかねば……と付け焼き刃で。なかなかおもしろい。続いて『十三の物語』も読む。会に備えてオススメの文学10選と21世紀に入ってからのオススメ5選を聞かれたので、少なくともそれらについては話せるようにしておかねばならぬとラヴクラフト全集を読み始める(あ、これ永遠に読み終わらないやつだな……)。僕の人生マイ・ベスト1文学はリチャード・パワーズの『われらが歌う時』かなあ。これほどまでに心震えた本はない。しかしSFファン交流会の28日は台風直撃だけれども本当にやるんだろうか……心配だな。

実家にパスポートを取りに戻った時飼っている犬がどうもガンのようだと報告を受ける。CTスキャンとって手術した場合50万ほどかかるそうで、同額のバイクと迷った結果父親の決断によりバイクが優先されることになった。我が家では二代目のビーグルである。犬なんか10歳超えたらいつ死んでもおかしくはないし、どうせガンが治ったとしてもすぐに死ぬし、全然いいのでは、と支持。飼っていたペットが死ぬと悲しいという人は多いが、その感覚はよくわからないなあ。ペットが自分より先に死ぬことはわかっていることなのだし、雨予報100%の雨が降るのをみて「あー降ってる降ってる」と思うのと対して変わらない。

死んでもおかしくないほどの晴

7月22日。死んでもおかしくないほどの晴。21日は朝からまるでやる気も出ず、なんとかブログを書き始めるもうまく書けず(でも無理やり仏教の本で書いた)、なんとなく気晴らしにSkyrimでもやるかとはじめてもまるでおもしろいと思えず、え、僕の人生これからどうなっちゃうわけ?? うつ病なの?? と思っていたら突然椅子に座っていられなくなるほど体調が悪いことに気づいたので逆に安心した。

耐えきれずに寝たら翌日の22日には治っていたので一安心。とはいえなんともテンションが上がらず。『そいねドリーマー』を最後まで読んで記事を書き、『数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』を読む。副詞を使う頻度が少ないのはどの作家か、副詞の使用頻度は売上や人気に関係しているのか、男女で異なる文章スタイルは存在しているのかなどなどを統計で暴き出していく本で、ほぼ内容が『ベストセラーコード』とかぶってんじゃん! と思いはすれどもまあまあおもしろい。これは25日更新のHONZ用かね。

午後もやる気がでないのでVOICEROID実況動画をみていた。一時期と比べると簡単にVOICEROID実況が作れるようになった。ツールも充実して、ほとんどプログラムの知識がなくともテキストエディタにセリフを打ち込んでボタンをぽちっと押せば、あとは全自動で音声ファイルまで作成してくれる。出来上がった音声ファイルは自動で作ったものなので読みが間違っているものなどもあるが、それをあんまり気にしなければそれで終わりでもいい。それだとあまりレベルの高いものは作れないが、それはそれとしてVOICEROID実況がシナリオを書くだけで作れるのは凄い。

今のVTuberブームも一瞬で盛り上がった感が強いが、その前身にこうしたVOICEROID実況やらVOICEROID劇場やらの流行があったから自然に接続されていったのかもしれない。住み分け、得意領域も分かれており、VOICEROID勢がVTuberに流れていった(流れていかなかったわけじゃない)わけではないのだが。VOICEROID動画はかなり見まくっているのでいくらでも書けそうな気がするのだが、逆に書くべきテーマが多すぎて焦点が定まらないな。今日のところはいったんこんなところで。

ITベンチャーのおもしろさ

07/20。クソ晴。粛々と実装を進めている。サーバ側だけでなくフロント側も改修しなければいけないことが判明したのでAngular/TypeScriptをいじる。サーバしかいじってきてないのであんまりわからんのだがTypeScriptチュートリアルをやると「なるほどねだいたいわかった(わかってない)」という気分になるぐらいにはわかりやすいので嫌いではない。すぐに陳腐化してしまいそうなのが問題だが。

宮澤伊織『そいねドリーマー』を読む。雑にいえば百合まどマギといった感じ。おもしろい。記事を書く予定なのであんまり書かないでおこう。就業後は前仕事をしていた会社の飲み会に呼んでもらったので参上。何故か今その会社には毎週どっかのクラブでDJをやっているような人たちが3人ぐらいいて飲み会の会場もどっかのサウンド・バーみたいなところを貸し切ってDJたちが音楽をかけていた。

ドベンチャーで居心地の良い会社だった。自分たちでオフィスを作って、床にニスみたいなのを塗って、家具とか机とかを作って──クーラーがなくて大慌てしたり、暖房が効かなくて泣いたり、金になる仕事がぜんぜんなくて金になるんだかならないんだかさっぱりわからない意味不明な開発や検証を繰り返したり、ベンチャーっぽいことをベンチャーっぽくしていた。ドベンチャーなんてどこもそんなもんだろうが、数人の正社員たちはものすごく働いていたが傭兵的立ち位置の僕のような人間はちょこちょこっと働いてベンチャーのおもしろいところを味わえるのでいい。もちろん自分はエンジニアであって椅子を作ったり机を組み立てるのは別のやつにやらせろと思う人間もいるだろうが僕はそういうのが楽しかった。

未経験者も含めたバイト採用を(IT系としてはあまり多くない)積極的にやっていたせいか色んな職歴、変な人がいたのもおもしろかった。元エロ漫画家、先に書いたようなDJ、元プロボクサーで太平洋チャンピオン(Wikipediaにも名前がある)、獣医師をやめてプログラマをやろうと思った人など。変な人もいっぱいいて、変な仕事もいっぱいあって楽しかったけど、まあいろいろな意味で(金銭的にも僕の仕事スタイル的にも時間的にも)もう一度同じようなベンチャーにジョインしたいと思うかというとあんまりではあるが……。ま、一回ぐらいはいいかな??

電書化しないケース

07/19。おぞましいほどの晴。死ぬほど暑い。いいところといえば洗濯物が夜干して朝起きると完全に乾ききっているぐらいだ。今日も粛々と実装を進める。微妙によくわからん仕様があり3時間ぐらい詰まったが就業間近に原因っぽいところを発見して一安心。このへん、やはりきっちりともらうお金と業務時間が決まっているので3時間とか4時間とか悩めるのであって、個人開発をしていると平日や休日の数時間を無駄に過ごした瞬間に気持ちが萎えるので仕事ってのは偉大だよなあと思う。

就業後同僚となんかおもしろい開発でもやろうということで企画会議を飲み屋で。同い年、&お互いゲーム好きということでSuddenAttackやらRagnarok Onlineやらの話をしているうちにろくに企画立案もしないうちに3時間時が過ぎる。大まかな今後の方向性だけ決めた後、相手は子持ちの既婚者なのでそこらで退散。飲み屋が地下で電波が入らなかったのも残念。飯はうまくもないがまずくもなく……。

ブログに記事を書くとよく「買おうと思ったら電子書籍がなかった」「なんだよ電子書籍ないのかよ」とコメントがつく。消費者的な目線で見た時の電子書籍と、版元側からみたときの電子書籍と、作家側からみたときの電子書籍には大きなズレがあるので仕方がないのだろう。まず第一に電子書籍ユーザからすれば全ての最適解は出版社が全ての本を発売日と同時に電子書籍でも出すことだ。

僕のような紹介者の立場からしてもそうしてもらえたほうがありがたい。発売直後に記事を書いてバズった時、電子書籍があるかないかで売上数が100冊単位で変わってくることがある。なので、実質的に出版社は僕が紹介したその時だけに限っても電子書籍を出す際に100冊の機会損失を出しているケースが多々ある。もちろん僕の紹介以外で買う人の方が多いから、その損失はさらに多い(ことも)あるだろう。

逆に版元の立場からすればなかなか難しいところで、そもそもエンターテイメント系の出版社であればまだしも初版3000〜6000とかで戦っているような学術系出版社なんかはがんばってKindle版を出してもだいたいペイしないので、ペイしないのであれば出す理由がないと考えてもおかしくない(みすずとかは最近出してるけど)。

ペイしないけど要望に答えて出したり、出し続けることで買ってくれる顧客が増えるかもなど、まあいろいろなことを考えて出すこともある。あとはそうした電子書籍化作業に明るい担当者がいないこともあるし、望むレベルの電子書籍が作れないからという言い訳をするケースもあるし、「紙の発行部数をまず伸ばしてから」出したいと考えわざと電子書籍版の刊行を遅らせたりするケースなど様々である。

作家側からすれば電子書籍で出してもらえると基本ありがたいわけだが刷り部数の場合は、極論的には一冊も売れなくても印刷された時点で金が入るのに対し電子書籍の場合は売れた分しか入ってこないので、多くない人からすれば多くない。また、基本的に実績として勘定されるのが刷り部数の方なので(何万部突破とかに基本電子書籍の数は入ってないはず)そうした対外的な宣伝を考えた場合にはわざと電子書籍をなくして刷り部数を増やしたほうがいいと考えるのはまあ理屈は通っている(出版社側の理屈でもある)。あとは著者が単純に電子化に否定的なケースもある。

そうやって著者側が拒否すると電子書籍が出せないのは当たり前なので、普段電子書籍を出している版元でも出してないケースではそういう事情も考えられる。また多くの書き手がいるアンソロジー系が電子書籍になりづらいのも、許諾を全員からとらないといけない=一人でも拒絶するようだと電子書籍化を断念するか、喧嘩を売るような形になるがその拒絶した人のみを外した形で電子書籍化するしかない。

僕が書いてきたたくさんの記事に「電子書籍ないのかよ」「電子書籍化待ち」とコメントがついてきたが、たいていその裏にはこうした理由がある。

株式会社定時退社

0718。おぞましい晴れ。ちまちま実装。仕様が揺れ動いており、進められない。この相手先とはまだ半年ぐらいの仕事しかしてないが、本当にクソみたいなムーブをしてくれる。先方都合で仕様が決まらず結果的に設計と実装が遅延するのであれば当初の想定から実装が後ろに伸びるのが当たり前だがそれをなんとかならないかと延々と聞いてくるのだが、正直それぐらいやる客はたくさんいるのが辛いところ。

業務後は韓国から日本に遊びに来た元同僚の人と元同僚らと飲み。いろいろな界隈の人間が集まっており、楽しかった。話題はいろいろあったが一つは「おもしろい仕事とはいったいなんなのか」というか、みなそれぞれ作りたいものはあるのだがそれが金になるかどうかわからないので、おもしろい仕事をしたくはあるがそれはなかなか難しいよね、できるような組織というかチームが作れるといいね、といって解散。来年の課題にしたい。会社を作るとしたら社名は「定時退社」にしよう。

絶滅危惧種であるうなぎを食べるかどうかといった問題で大賑わいで、みていておもしろい。食べるなといっているひとたちはようはうなぎが絶滅してしまうから食べるなと言っているわけだが、別にうなぎが絶滅したって構わないよという人は食べるだろうし、その数が多いようならうなぎが絶滅するから食べるなという説得は筋が悪いうえにどちらも折り合わないので延々とその問題が賑わい続けることになる。もし本当にうなぎ食を止めたいのならもっと別のアプローチが必要だろう。

僕は個人的にはうなぎ含む全生物が絶滅しようがどうでもいいのでどうでもいいと思っている。というより世の中のだいたいのことがどうでもいい。

負けがあるから記事を書くのが楽しい

0717。おぞましい晴れ。仕事に向かう前にパスポート申請に向かう。パスポート、久しぶりに申請したのだけど戸籍謄本がいるんだったね。住民票だけでいいと思いこんでいたので一度それで徳島から戸籍謄本を取り寄せる羽目になった。8月にイギリスに行く予定。特にやりたいことも観たいものもないがブラブラするため。

仕事はちまちまと実装を進める。難しいことをやっているわけではないのでサクサク。やはりサーバ側の処理を書いていると落ち着くというか、見た目の部分を実装するのってなんか実装してる感じが全然しないんじゃよな……。人によってはフロントを実装しないと作ってる感がないという人もいるのかもしれないが、でもプログラムングの醍醐味って最小の手間で最大の成果が得られること=データの操作にあるんじゃないだろうか?? だからもっとも手軽にその成果を体験できるスクレイピングからプログラムを学び始めるのが個人的に一番「楽しく」「わかりやすい」んじゃないかと思うのだがまあそれは人によるのだろうな。

時事通信社に書いた原稿が配信される。けっこういい出来だと思われる。個人的にあんまりスポーツそのものに興味が持てないんだけど、それはそれとしてサッカーの戦術の話とか、野球の歴史の話とか、名プレイヤーの話とかは好きだ。結局僕は物事の成り立ちや理屈を知っていくのを知っていくのが好きなのだろう。何年に一度の彗星とか天体現象とか、わざわざ家の外に出ていって見るほどの興味も湧いてこないが、本を読んだり調べたりしてすることには興味がある。

本を読んでいる暇がなかったので読書はなし。家に帰ってからは《青春ブタ野郎》シリーズで記事を書く。書く前から予想していた通り、難産。無難にまとめて、これなら公開しないほうがいいんじゃねえかなと思いつつも出しとくか……ぐらいの最低レベルにはしたので終了。こういう明確な「敗北」があるから書評というかレビュー記事を書くのが楽しいとも言える。いつもいつも「まあまあよく書けたな」と満足していたら、すぐに書かなくなってしまうだろう。いつも負けてばっかりなんで、もっと勝率を増やしたいが……。『歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史』の記事とかも、もっとうまく書けるはずと思いながらも書けない。