基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

土台を作り直す

huyukiitoichi.hatenablog.com
↑の記事の続き。小手先でどうこうするのではなく、とりあえずしばらくはお酒を飲むのを辞めて(最近暇なこともあって週に4〜5日ぐらい酒を飲むようになっていた)、運動をして(家のすぐ近くに区の総合体育館があることに気づいた)、身体という土台を作り直してからじっくり考えようという結論に至った。先日も二回目のギックリ腰をやってしまったし、結局もう若くはないということなのだろう。一歩一歩、じっくりじっくりやっていこう。

目標はあらかた達成してしまった

最近、学生時代に思い描いていた目標はあらかた達成してしまったなと思った。好きなだけ本とゲームが買えるだけの収入があるし、嫌になったらすぐに仕事を変えることのできる技術力があるし、だいたい好きな場所で働けるし、時間もけっこうあって、好きなようにブログが書ける環境がある。そのあたりを大学生ぐらいの頃は目標としていたわけだが、全部叶ってしまった。もちろん凄まじいスペックのパソコンがいくらでもほしいし、家は広ければ広ければいいので物欲的な意味では欲しいものがたくさんあるわけだが、そういうのはなんというのかな、今あるものを膨らませていく方面での目標なので、現状が特にダメというわけでもない。

そうすると、なにか次の10年、20年、30年ぐらいの目標でも考えようかなあという気分になってくるが、何をやってもいいかわりに特に何かを特別やるという気概も湧いてこないのでぼんやりしている。別に10年頑張ればそこそこ何でも楽しいだろうとおもうのでなんでもやれるとおもうのだが、特段その中から一つを選ぶような動機が湧いてこない。先日飲み会で40ぐらいの人と話していて似たようなことを言っていてウームなるほどな、僕もずっとこうやって10年20年といった月日が経っていくのかもしれないなと思ってしまったのはある。

達成してきたことの重みが歩みを引きずっていくところもあるのだろう。たとえばブログなり書き物仕事なりをぱっとやめてしまう。プログラマとしての仕事をぱっとやめてプログラミングを全部忘れて生きていく。そういうことができれば空っぽになってぜんぜん別のことをやるしかないわけだが、うーん、せっかく今までやってきたんだから、ここまでせっせと積み重ねてきたものがあるんだから、これはこの先も発展させていかなきゃ勿体無いでしょ、という気持ちが凄く強く湧いてくる。勿体無いのは確かだが、でもそうやって勿体無い勿体無いと前やったことをやっているとようはそれだけ別のこと、新しいことをやる時間は減るわけなのであって、これが長いあいだ続いていってしまうとそれはやはりマンネリに繋がるのだろうな。

ぱっと思いつくのは、やはりこれまでやってきたことの「発展」をもっといろんな方向にふっていく、変えていく、どんどんおもしろいほうこうに持っていくといったところだろう。実際、プログラムしていると今もすごく楽しいし、新しい技術を学んでアレを作ってみようかこれを作ってみようかとやっていくのもいい。文章を書くのもまったく飽きたという感じはしない。ただ、その軸をちょっとずつズラしていく、というのはひとつの手なのかもしれない。たとえばだが、書評を文章で書くんじゃなくてイラストで書く。あるいは書評を曲にしてみる。意味がわからんが、そうなったらこれまでやってきたことと新しい領域が重なり合っていく。

そういう「発展」の方向を模索してみるべきなのかもしれない。達成してきたことの重みを引きずりつつ、ちょっと別の角度へ向けて歩いていく、といった感じか。

なぜやたらと電話をしたがるのか

引っ越しをしようと不動産屋的な何かとやりとりをしていると困るのが、彼らおよびその周辺の人たちがなぜかやたらと電話をしたがることである。別にメールで送ればいいような情報をわざわざ電話して伝えてくる。「ちょっとした理由で電話ができないんですよ。だから絶対に電話をしてこないでください」といっても「でも、電話でしかお伝えできないんです」といってくる。全然意味がわからない。メールですればええやんけ。でもそういっても「そういうふうに決まってるんです」と返ってくるので、まあ不思議である。「電話はしたくないので、電話しないといけないんだったら別んとこいきます」と答えるとじゃあ、と別のやり方を提示してくるので、わけがわからない。

家賃の保証会社も不思議な存在で、知らない電話番号からかかってきていたのを何日も無視していたら、それでも一日10件ぐらいかかってくるので出たら、なぜ電話にでないのですかという。「電話に出たくないからです」「電話に出てもらわないと困ります」「でも電話に出るのは無理なんです。これ以後かけられても絶対に出ません。用件があるならメールで送ってください」「でも、電話でないと本人確認がとれないから無理なんです」「もうとれたからいいですよね? 次回以降は絶対にかけてこないでくださいね」「とにかく電話にでてもらわないとむりなんです」「こっちも絶対に電話に出れないんです(電話が嫌いだから)。そっちこそなんでメールじゃ無理なんですか?」「本当にどうしようもない時はメールでの連絡もやっていますが……」「今がその本当にどうしようもない時なんですよ。だって無理なんだもん」

とまあ、無理だ無理だ、絶対に無理だと言い続けていると「まあ、電話以外でもできるんですけど……」と言ってくる。つまり電話でないと無理だというのは向こうに都合がいい伝達方法にしたいがために嘘をついているわけであって、ナメとんのか、という気分になってくる。これがあるから引っ越しが憂鬱になる。

家で一人で酒を飲んでいる人は何をしているのか問題

家で一人で酒を飲む人は多いと思うが何をしているんだろうか。

僕もよく一人で酒を飲んでいるのだけれども、酔っ払うと本は読めなくなる/後に記事を書くことを考えると集中力の欠けた状態で本を読みたくないし、文章も書けないので動画を観ることが多い。で、僕は最近ずっとYoutuberを観ていて、これが何十時間分もあったので一年ぐらい狂ったように楽しんでいたのだが、もう飽きてしまった。次に映画とかをレンタルしていたわけだが、映画ももうあんまり観たいヤツがない。大量にあるドラマを観ればいいんだろうが……ウーン、なんか映画みたいに2〜3時間でスパッと終わってくれればいいんだけど、1話1時間と言われるとけっこうキツイ。

というわけで映像を観るのにも限界があり、そうであるならば逆に酒を飲む必要もないのだが、じゃあ他人は一人で酒を飲んでいる時に何をしているのだろうかと疑問が湧いてきたわけである。まあ、テレビを観てる人とかが多いのかなあ……(うちにはテレビはないし、観たいテレビ番組もない)。そういうわけだが、この記事を書いていたらあーだこーだいってないでドラマをみろ、という気になってきたなあ……。ゲーム・オブ・スローンズもオルタード・カーボンも途中で視聴が止まってるし……。

アズールレーンを削除した。

スマホゲームのアズールレーンを削除した。

別にゲームを入れて、削除することなんかよくあることなのでそれ自体に特筆すべき箇はないのだけれども、アズールレーンは僕としては結構長い間やっていた上に課金も(初期の頃は)していたので、少しだけ何に飽きたのか考えてみたくなった。

アズールレーンはゲームとしてはおもしろかった。満足した。同様のゲームだと、僕は艦これは2ヶ月ぐらいやってこんなに時間を使っていられるかと放り投げてしまったので、こちらの方がより長く遊べた。戦闘システムは横シューティングの仕組みで、残機などの概念はなく被弾するとゴリゴリHPが減っていく。それを防御するスキル、ダメージを軽減するスキルなど艦ごとのスキルがあり、オートでもクリアできるバランスで組まれていて、とスマホ用の亜種STGとしてしっくりくる作り込みだった。

嬉しかったのが戦闘がほぼオートで出来ることだ。FGOもやっており、そんなにスマホゲームに時間を使いたくなかったので、あまり時間が使わずにゲームが進展しキャラクタを強化できるのは単純に利点であった。また運営方針からか、ガチャが非常にゆるく、最高レアの排出率は7%であるのもプレイしている側としては素晴らしい。回すための石も、日毎の任務をクリアしていれば一週間で10連以上回すことが可能。

さらに、ガチャで出たキャラクタに同キャラクタを重ねることでレベル上限が突破できるのだが、突破専用のユニットも任務やログインを重ねることで容易に取得可能で、ガチャで1体でも目的のユニットを出せば、後は簡単に最大レベルまで突破できる親切仕様である。初期の頃に1万ほど課金したとはいえ、それ以外では課金することなく、ドロップ限定を除く全てのキャラを出すのは難しいことではなかった。

キャラクターデザイン、イラストも秀逸で、とても可愛らしいのも魅力だった。

何がダメだったのか

なので、金も時間もかからないし、惰性でやっていたのだけれども──といったところで、ここからが削除した理由になる。まずシナリオ、というかキャラ付けが非常に安易で、はいこのキャラはクーデレ、はいこのキャラはヤンデレ、と書き割りテンプレート的な描き方が目立つのがきつかった。キャラ数が多く、頻繁に新キャラが投入されるのでそこまで一体一体のキャラ付けにこだわってられねえという事情はあるのだろうが、それも相まってシナリオは非常に虚無的で、ほぼすっ飛ばし続けていた。

あとは、単純にゲームに飽きたこと。STGのように弾を避けるといってもそこまでシビアなレベルは要求されないし、オートでずっとやっているのでオートが不可能なほど難易度が高いステージになるとただただ面倒さがつのる。テクニックでなんとかできるのならまだいいが、新しく実装されるステージの難易度に必要なのはレベルと装備で、それを揃えるのがまたしんどい。クリア必須というわけではないのだが。

次に、先ほどは利点として紹介したキャラクタを揃えやすい・強化しやすいことだが、キャラがゲームに追加される速度よりも、ガチャで出して育てる速度の方が早いので、ほとんどのキャラクタが育ってしまい、育てる喜びが減っていってしまった。ただひたすらに使う当てもないキャラクタを、もう育てるやつもいないからという理由で育てていると、虚無に向かっているような気持ちが湧いてくる。また、この頃になるとガチャ用の石もすごい勢いで余り出しており、200回以上ガチャを回せる(しかもすぐにお目当てのものはでるので、そんなに回す必要すらない)状況が続いていた。

もうやることがあんまりないなーと思い始めた所で、当然ながらそうした状況を改善するためにゲームに改修が入るのだが、まあよくある内容である。レベル上限の解放。レベル上限解放用のアイテムの出現。ガチャではない、別の形で取得する新ユニットの追加。より難しい新章の解放など。ようはやることがなくなった人たちに対して、まだまだやることはありますよという形での実装で、まったくセオリー通りなのだが、アズールレーンに関しては「面倒くさくないこと」「時間がかからないこと」が僕にとっては惰性的に続ける理由になっていたので、ごちゃごちゃごちゃごちゃとやることが増えて、もう面倒くさくなってきたので、やめるか、となった。

おわりに

この記事は別にアズールレーンをディスりたかったのではなく(依然としておもしろいゲームだとは思う)、ただ一人の人間が長期間にわたって、対人戦も無いひとつのゲームをプレイするのはやっぱり難しいものだよな、というのを再確認したかったところがある。『ラグナロクオンライン』や『マビノギ』など、昔から幾つかのオンラインゲームをやってきたが、どれだけ作り込まれていても、やっぱり一つのゲームを2年も3年もやったら飽きるもんなあ。逆に、何年経っても飽きないゲームに出会ってしまったら、それはそれでおそろしいから別に出会いたくもないし……。

僕がやっているスマホゲーの中では、今のところは唯一FGOだけは続いているが、これもゲーム自体には完全に飽きていて、ただ無料でめちゃくちゃおもしろいシナリオが解放されるから続いている。スマホゲーというか、時折シナリオが配信されてくるアプリみたいなもので、同列に扱えるかというと微妙である。

レンタルした映画。『マイティ・ソー バトルロイヤル』/『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』

映画を二本みた。『マイティ・ソー バトルロイヤル』は公開当時の評判は高かったが僕はどうもこのソーやらロキやらの服装が昔から受け付けないので(なんか大作映画のコスチュームというか出来の悪いコスプレに見えるなあ……)かなりキツイ映画であった。あと、プロットも整ってはいるものの根本的に興味が引かれない内容で無理な出来。最後軽いノリで地球へ向かうのも含めて、世界観がふわっふわしているのがなあ……。マーベルの映画は昔から好きな作品は少ないが、それでも昔の方が好みの作品が揃っている。最近は画面にヒーローが出過ぎるのも白ける要因だ。ただまあ、コメディ・シーンだけはよくてなんとか最後までみれた。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』はとにかくコメディ・シーンにノレないうえにダラダラと話が続き、苦痛しか感じなかったので1時間10分まで観たところで「半分も過ぎてねえのかよ!」と驚愕していったん観るのをやめてしまった。最終的になんとか最後まで観たが、うーん……。登場人物全員にお前は脳みそついてないの? と言いたくなるような映画である。EP7もその年で観た中では一番つまらない映画だったので期待していたわけじゃあなかったけれども。というより、終盤は少しだけ面白かった分EP7よりはマシだった。

それにしても両勢力がアホみたいな組織体制と能力をしているのが凄い。ファースト・オーダー側はカイロ・レンがトップを殺してなんだかわけがわからんうちにトップの座についてしまうし、そのカイロ・レンは話が進んでも怒鳴り散らすばっかりで最悪のリーダー像を示し続けているし、レジスタンス側は雑な作戦を立てまくり・神(いもしない友軍)頼みしすぎ・登場人物アホばっか(1.いるかわからない暗号解読者を探しにいかせる。2.そんな無茶な作戦を軸に船内で反乱を企てる。3.実力を示したとは言え、適当なことをこいているそのへんで見つけた男を全面的に信頼してあっさり裏切られ情報をとられる)というアホ勢揃い映画である。

どちらもアホ&グダグダな状況だったがレジスタンス側の方がアホだったので負けた感が凄い。最後に現れたルーク・スカイウォーカーはカッコつけて現れたら投影映像でしたーオチの時点でズッコケたがそのまま死んでさらにびっくりしてしまった。NARUTOでナルトがピンチに駆けつけたと思ったら影分身で、影分身が消えたと思ったら本体は力尽きて死んでたら呆然とするしかないが、そんな感じのラストで観た・聞いたものが本当に起こったことなのか一瞬信じがたかったもんな……。単純に僕の選定が悪いせいもあるんだろうけど、『ベイビー・ドライバー』から三連続で観たのを後悔するレベルの映画が続き、だいぶテンションが落ちてしまった。そもそも映画自体がそんなに好きじゃないのだろうな……。

ベイビー・ドライバー

評判がよく期待してみはじめたのだがいやびっくりするぐらい苦痛な映画だったな……。ここ最近みた20作品ぐらいの中では一番登場人物の感情に理解がおいつかない映画であった。僕の観測範囲にいる人はだいたい褒めていたのでなんか自分の感覚がそこから大きく乖離しているのがちとショックな体験である。まあ、僕が普段音楽をまったく聞かないし、全篇じゃんじゃかじゃんじゃか音楽が鳴っているのにウルセエとしか思わなかったし、興味がまるでないというのも大きいかもしれないが。