基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

最近の作業状況

MacBookAirを買ったので外で作業することも増えた。

やはり外の方が捗るのはたしかなのだが僕は本について書くことが多く一冊だけについて書くのであればそれでいいのだが10冊とか20冊とかについて書くときもあるのでそういうときは外で作業するのは現実的ではない(電子書籍で持っていれば別だがそういうこともないし)。外での作業場所はドリンクバーのあるガストやらのファミレスかジョナサンのようにコーヒーがお代わり可能なところで、ドトールとかは机が狭いのとわりと混んでいるのが申し訳なくあまり用いない。

もともとは書いているときは音楽を聞いていたがもう音楽を聞くのも飽きたし、それに音楽を聞いていると思考効率が落ちるような気がしてきたので音楽を聞くのはいったんやめた。ラジオもやめて、無音でしばらくやっていたのだが最近HuluとNetflixに加入してしまったのでとりあえずなんか映像を流しておくかということでドラマやら映画やらを流している。とはいえ書いている間はまったく耳にも入ってこなければ眼にも入ってこないので本当にただ流しているだけで意味があるのかよくわからない。とにかくあまり邪魔にはなっていないようなきがする。

いったいどのようなスタイルが最適なのかいまだ模索中である。できれば外にいきたいものだが、本持ち運び問題がなあ。あと書いている時に流すものも含めていろいろと検討していこう。

設定先読みとミステリの推理と

伏線が散りばめられた作品というのがこの世にはあって(Fateとか)、伏線を詳細によんでいくと先の展開を予測できることが多々あるんだが、僕なんかはそれって自分で勝手にやるネタバレじゃない???? という気がしてしまう。同様のことはミステリの謎解きにも通じていて、ようは途中で謎をといてしまったらラストの驚き、減らない???? それネタバレじゃない??? と思ってしまうので、できるだけ犯人は誰かとかどういう理屈かとか考えずに読んでしまうのである。別にそれが正しい=伏線読みや事件の推理はイコールネタバレである、と主張したいわけではなく、まあ考え方のひとつとしてそういうこともある(というか現に僕がそうであるから、少なくとも一つの例は存在する)よねという話である。

日記(11月28日)

『天界の目 切れ者キューゲルの冒険』を読む。サイエンス・ファンタジィといっていいのかどうかわからんが、おもしろい。『マラス 暴力に支配される少年たち』の原稿をざっと仕上げる。本日推敲し、明日送付予定。『タイムボックス』を読む。児童向けファンタジィの様相だが、実態はSFなので海外SF欄で紹介することにする。次号のSFマガジンで取り上げる海外SFリストを編集氏に送信。原稿方面の方はそれなりに仕事をした一日。

MacbookAirが届いたのでセットアップ。プログラム方面はまだやっていないが、原稿・ブログ方面だけならだいたい設定は共通しているので30分で終わり母体のMBPとまったく同じ環境に。これで外でも仕事できるね。早速持ち運んでいるけれど、たしかに大きさは気になるが持ち運べない程ではない。小さいほうが良い面もあるだろうが、大きくて良い面も当然あるだろう。ちとドトールとかで広げるにはデカくて人目を引きすぎるような気がしないでもないのがあれか……。早速外で使ってみたが、やはりネットにつながっていないほうが作業がもろもろ進む。はやく外でやりゃあよかった。

本日からFGOのクリスマスイベントがスタート。今熱心にやっているソシャゲはこれだけだが、これ以上は増えると時間がない。一時期ミリオンダウトというポーカーにダウトの要素があるカードゲームをしきりとやっていたがこの時間のない現状では手を出せずアンインストールしてしまった。時間がないと必要なもの以外をガンガン削除できるのである意味効率化は図られているのだろう(もし締切がなく本業しかなかったら今頃延々とミリオンダウトとファイナルファンタジーをやっていたに違いない。それはそれでいいんだけど……)

ではそんなところで。今日もまた2冊ほど読んで、マラスの原稿を仕上げてブログ記事を上げたいところ(そのペースでないともろもろ間に合わない件)。

日記(11月27日)

わりといろいろ読めて助かった。『マラス 暴力に支配される少年たち』を書評甩献本でいただき読む。わずか10歳程度の頃に父親をギャング団に殺され、復讐のために敵対している別のギャング団に入るという「お前はジョルノ・ジョバァーナかよ」みたいな人が何人も出てくるおもしろいノンフィクション(まだ未刊行だと思うけど)。他には『藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ』、『村上春樹と私』を読む。村上春樹と私は村上春樹の有名な英訳者ルービンの村上春樹語りエッセイ。訳者ならではの視点と交流がおもしろい。しかしルービン氏はもうおじいちゃんだなあ(それを言ったら村上春樹だっておじいちゃんだ)。

「基本読書」をニワトリで更新。やけに書くのに苦戦する。本が書きづらいタイプというわけでもないのだが……。更新が1日空くぐらいなら特に問題ないのだが、3日空くと文章を書く勘を取り戻すのに1,2記事かかるような気がする。「あれぇーどうやって文章って書いたら良いんだっけな……」というのがよくわかんなくなっちゃうんだよなあ。気のせいかもしれないけど。だからできるだけ毎日文章は書きたいのだけど(こういう日記だと勘が戻らん)なかなかそうもいっていられない。

艦これの映画を観に行きたいような気もするが、TVシリーズを観ていない。これは結局観に行かないコースだ。それどころか『聲の形』すら観てないからなー。こっちはもうやってないだろうな。本日(11月28日)はMBAが届く予定なので心持ち嬉しい。なんとか11月に間に合ってくれてよかった。今日の目標はマラスの書評原稿を上げることである。

日記(11月26日)

ぼうっとしていた一日。

結婚生活について今のところ理解できないのは結婚するとお金を共有することだ。フェアに考えると

1.Aが稼いだ金はAのもの、Bの稼いだ金はBのものであって、結婚したからといって勝手に使用することはできない。
2.家庭の運用には金および労働がかかる(家賃光熱費食費子どもがいる場合は養育費)。
3.なので、両者がお互いに自身の手取り/貯金から家庭の運営費を折半して供出すべきである。
4.家庭内で発生する家事/子育て労働については、その労力に応じた金額を非担当者から担当者へと支払うべきである。

というあたりのルールが最初に設定できれば家事をやったやらないで揉めることもないように思うが、まあたとえば4なんかは精確に対応するのは難しいだろうな。家事なんかは別にどうとでもなるだろうが、子育ては業務発生率が単純に多いし、幅広いので厳し目。でもベビーシッターなど参考にできる費用はあるから難しくはないか。

明らかにやっている時間がないのでFF15の予約をギリギリで解除。届いたら届いたで絶対やってしまうから苦渋の決断である。もろもろ進捗遅れ気味だが夜中奮起して一つ締切仕事を終わらせ、順調に前に進みつつはあるが、FF15を予約やめたんだからといってMaster of OrionというゲームをSteamで買ってしまって4時間ぐらいやってしまって完全に罠にハマッた感がある。

日記(11月25日)

HONZ忘年会──の前に普通に仕事をした後、新しいMacbookAirが届く前に古いMBAをソフマップで処分(電源なくなってたので買取1万6千円……飲み代にはなった)。忘年会は2次会にまで参加しおもしろい話をいろいろ聞く(出版のことはあまり話さず)。みな口を開けばおもしろいことばかりいうので笑いっぱなしだが僕は何もおもしろいことなどいえないので無念な気持ちに。

HONZで書く回数は現状月に2回だが別にいくらでも増やしてもらって構わんよという話をする/される。たしかにブログにはぽつぽつ更新しているので3回でも5回でも可能なので、検討してみてもいいかもしれない(ノンフィクションはHONZでまず書いて、その後ブログに転載)。それで何か問題があるかといえば、まあマイナスがあるといえばあるが、プラスの方がデカイだろう。

とりあえず25日のHONZ更新は乗り越えたが他のやつはまだまだ、というか進捗的には遅れ気味である。とりあえず今日は基本読書のほうでニワトリの記事を書いて、最低でも海外SFを1冊と別の原稿向けのノンフィクションを一冊読まなければ。その後海外SFで抜けがないかのリストアップ作業に入る。

日記3(11月24日)

『この世界の片隅に』を観た。非常に細部までつくりこまれた凄まじい情報量の映画。本当に良い映画だったと思うし、片渕須直監督がやることで完成する原作であった。『マイマイ新子と千年の魔法』とのテーマ的な繋がりも存在して、昔まだ恐らくは本作の映画化の企画がなかったころから「記憶」をテーマにその二作品を繋げたことがある(この記事もう7年前かあ……なんか若々しいことをかいているなあ……)。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
第九回文学フリマにて配られた片渕監督のコピー本にはこう語られている。

企画が水に流れる度に痛みを感じる。生まれ、育てあげられようとしていた登場人物たち。それが、まるではなから存在などしていなかったように、空中に消え失せてしまう。彼らに申し訳がない。『失われた企画の記憶』として、いったい何人の登場人物たちを、自分は墓まで連れてゆくことになるのだろうか。

今回は最後まで走りきれて(まだ走ってるけど)本当に良かったなあ。とはいえ、映画については個人的には主人公の女性の演技などもろもろ苦手な方向である。映画を観終わったはずなのに、原作はおもしろかったなあと思いながら外に出ることになったのでちと残念であった(作品がじゃなくて自分が)。うーん、普段は原作と映画は別物として特に努力せず扱えるのだが、今回は近すぎたのかもしれない。

HONZの記事を『脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る』で書く。『ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥』とどっちにしようか迷ったが、後者はHONZですでにバズってたので。専門的な内容の本は間違ったことを書いてないかと検証するのに胃が痛くなりそうだ(胃は痛くならない)。ニワトリ本もおもしろいので25日はこれで更新できればいいな。おそらく人類が宇宙に散らばっていくときにもニワトリは連れて行かれるでしょう(あるいはその生物的な情報が)。

来月のSFマガジンにいつもの連載に加え13本もガイド原稿を書く必要があるのでそれを一刻も早く書き始めないと時間がもろもろ足りないような気がしないでもない。とはいえその前に時事通信社の原稿を一本やってからでないとダメだから28日以後にとりかかれればベスト。