基本雑記

日記ブログ

負けがあるから記事を書くのが楽しい

0717。おぞましい晴れ。仕事に向かう前にパスポート申請に向かう。パスポート、久しぶりに申請したのだけど戸籍謄本がいるんだったね。住民票だけでいいと思いこんでいたので一度それで徳島から戸籍謄本を取り寄せる羽目になった。8月にイギリスに行く予定。特にやりたいことも観たいものもないがブラブラするため。

仕事はちまちまと実装を進める。難しいことをやっているわけではないのでサクサク。やはりサーバ側の処理を書いていると落ち着くというか、見た目の部分を実装するのってなんか実装してる感じが全然しないんじゃよな……。人によってはフロントを実装しないと作ってる感がないという人もいるのかもしれないが、でもプログラムングの醍醐味って最小の手間で最大の成果が得られること=データの操作にあるんじゃないだろうか?? だからもっとも手軽にその成果を体験できるスクレイピングからプログラムを学び始めるのが個人的に一番「楽しく」「わかりやすい」んじゃないかと思うのだがまあそれは人によるのだろうな。

時事通信社に書いた原稿が配信される。けっこういい出来だと思われる。個人的にあんまりスポーツそのものに興味が持てないんだけど、それはそれとしてサッカーの戦術の話とか、野球の歴史の話とか、名プレイヤーの話とかは好きだ。結局僕は物事の成り立ちや理屈を知っていくのを知っていくのが好きなのだろう。何年に一度の彗星とか天体現象とか、わざわざ家の外に出ていって見るほどの興味も湧いてこないが、本を読んだり調べたりしてすることには興味がある。

本を読んでいる暇がなかったので読書はなし。家に帰ってからは《青春ブタ野郎》シリーズで記事を書く。書く前から予想していた通り、難産。無難にまとめて、これなら公開しないほうがいいんじゃねえかなと思いつつも出しとくか……ぐらいの最低レベルにはしたので終了。こういう明確な「敗北」があるから書評というかレビュー記事を書くのが楽しいとも言える。いつもいつも「まあまあよく書けたな」と満足していたら、すぐに書かなくなってしまうだろう。いつも負けてばっかりなんで、もっと勝率を増やしたいが……。『歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史』の記事とかも、もっとうまく書けるはずと思いながらも書けない。

この10年で一度だけ怒った時のこと

07/16。晴。常軌を絶する暑さで家から一歩も出ずに過ごす。さすがに無理では……。無理なのでは……(何もかもが)。集中力も完全に尽きているがなんか適当にたくさん本を読む。われらはレギオン2巻を読んで、なんとなく読み始めた青春ブタ野郎シリーズを一気に既刊8巻を最後まで。おもしろかった。とはいえ、お手本のようにあらゆる要素のレベルが高く、物凄く基礎体力と腕力の強い格闘家みたいなもんで特筆して褒めるのが難しい気もする。でもこれはたぶん記事を書く。

あとなんか早川から出る予定の仏教のノンフィクションを読む。瞑想、マインドフルネスなどについて書かれた本。僕は小学生ぐらいの頃は自制心というものがなく時折物凄くブチ切れて周囲に暴力を撒き散らしていたのだが(自力だけでなく椅子とかを使うのでそこそこ破壊力があった)手塚治虫のブッダを読んでから怒るのはなんて無意味なんだろうと悟りそれから滅多に怒らなくなった。なんというか、怒ったってなにか大いなるリターンが伴うわけじゃないんだと気づいてしまった。

で、それから怒ったことって記憶にある限りほとんどないんだけど、7年だか6年ぐらい前に一度怒ったことがある。といってもたいしたことじゃあない。その時僕は新卒で入ったシステム会社に勤務しており、客先常駐で仕事をしていたのだが、うちのチームには自社から依頼を出している二次請けの人もいて、僕の上司、僕、二次請けの人の三人チームで仕事をしていた。そして、その仕事は本当に暇で、一日何もすることがないぐらいなのだけれども、ある時少し面倒くさい仕事がきた。

三人共暇なんだから別に誰がやったっていいんだが、僕は僕で面倒くさかったので、その二次請けの人にこれやっといてよと気軽に作業を振ったら、「ああ? なんで自分がやらないといけないんすか??」と答えられたのであった……。なんでやらないといけないも何も、お前なんにも仕事してないやんけ……。うちが金も払って雇ってる立場やんけ……。と瞬間沸騰して怒りが湧いてきたが、別段声に出して何か言うこともなく「いや、そこをなんとか頼むよ」といってやってもらった。

正直、そういいたくなる気持ちは十分によくわかる状況であった。何しろ僕も暇なので僕がやったっていいのである。三人暇なのに一番下っ端だからやらされるというのが納得いかなかったのだろう。ただ、たとえそうであったとしても(かなりいらついていたとしても)そういうことを乱暴に言うような人間とは仕事ができないと思ったし、結局僕もただの会社員なのだからその二次請けの人との契約を解除することもできない。無理だとおもって(それだけが理由じゃない)会社を辞めたのだった。

結局、怒りというのは自分がコントロール出来ない物事に対して湧いてくるものなんじゃなかろうか。眼の前の脅威に対して僕のとれることは(会社員でいる以上は)耐えるという選択肢しかなかったが、それで感情の行き先がなくなってしまった。その後僕は少しでも理不尽な状態に遭遇した場合はすぱっと仕事を辞めるようになって、職場を転々としながら最終的にはフリーランスになった。ムカつく相手が出現した時に、自分の判断でサクッと切れるから全然腹も立たない。

暇つぶしのために本を読む

07/14。おぞましいほどの晴れ。気温が高くちょっと食事をとるために外に出るとゾンビのように動き回る人間が大勢いる。長袖長ズボンの制服を着て自転車で荷物を運んでいるヤマトの人やら佐川の人らも、完全に顔が死んでるもんな。配達の仕事ってやってみたい気持ちもあるんだけど夏は無理だよなあ。とかそんなことを考えながら冷房のきいた部屋で『歴史は実験できるのか』で記事を書く。なんかぜんぜんうまいこと書けなかったな。もっとちゃんと解説したかったんだけれども……。

そういえば07/13に会社の昼休みを使って髪を切りに床屋に行ったのだが昼間はまるっきり客がこないので商売あがったりだと嘆いていた。それだけならいいのだがさも観ていて当然だとばかりに延々とサッカー・ワールドカップの話をふってきて(知ったかぶりをして合わせた)、それだけならまだしも「話は変わるんだけどオールスター戦の〜」と野球の話をシームレスに続けてきたので仰天してしまった。ワールドカップの話をふるのはまだわかるけど野球の話を全人類が知っている前提で話しかけてくるのはおかしくない?? 最初オールスター戦が野球の話であることすらわからなかったがなんか適当に話を合わせて帰った。よく嫌われる床屋の雑談だが僕は別にあんまり気にならない(適当に相槌を打つ)のでどうでもいいのだが。

午後はパスポート取得のため実家に移動し道中で小林泰三『パラレルワールド』を読む。小林泰三の能力バトル物シリーズ(僕が勝手に名付けた)の一冊でズレた二つの世界を認識する少年+両親と、ズレた二つの世界を認識する力を悪用して殺し屋になった男の対決を描く作品で、たいそうおもしろい。たいそうおもしろいんだけどなんでそんな設定・描写になったんだ?? と思うところもあり、大きなギミックの一つにまるで納得がいかないんだよな。おもしろいのは確か。記事を書くかどうかは気分次第。実家についてからはせっかく3連休だし重めの本でも読むかとみすず書房の『「蓋然性」の探求 古代の推論術から確率論の誕生まで』を読み始まる。これはまー鉄板でおもしろいですね。『「蓋然性こそは人生の指針である」』

僕はなぜ本を読むのかと聞かれればそれは暇つぶしですと答えるのだけれども、単純に全部が全部暇をつぶすためだけに読んでいるわけでもない。もちろん本を読んでいると暇が潰れるのでそのために読んでいるのだが、同時に新しい知識を入れて自分を作り変えていくことで考えられることの幅も広がるし、これまでこうだと考えていたものも変わってくるし、新しい技術について知れば今までできなかったこともできるようになる。なので、本を読むことで単純に読んでいる間の暇が潰せるというだけでなく本を読んでいない間も暇を潰せるようになると考えている。

人間、自分という存在と一生付き合っていかないといけないわけだけれども、その「自分」というものにずっと変化がないのだれば付き合うのも飽きてしまうだろう。どんどん「自分」が違う人間になっていくのであれば、新しい反応をみることもできるし、これまでと同じ刺激に接しても違う応答を返すかもしれないし、そうすれば自分で自分に驚くこともできるし、飽きづらくなる。だからたとえそれに意味があろうがなかろうが常に新しいことをやりたいよなあと思うのであった。なかなかそうもいかないことばかりだが。

校正稿を確認する

晴。07/13。実装をガリガリ進めている。ウーン楽しい。思い返すと3ヶ月ぐらいずっと設計書を書いていてちょっとフロントの直しとか入れたけどろくに実装なんかしてなかったから久しぶりの実装なわけだ。設計書を書くという仕事は何一つおもしろさが沸き起こってこないがなぜかスケジュールを取りやすい傾向にあり、ようはダラダラと仕事をしていても怒られないということであり、その間ずっと遊んでいられるのでありがたいっちゃありがたいのだが。僕にとってプログラムというのは基本的には金儲けのための効率のいい手段に過ぎなかったのだけれども、最近はこっちをもっと頑張ってもいいんじゃないかという気もしている。三連休なのでキリがいいところまで進めて退勤。家に帰ってからは『歴史は実験できるのか』。歴史の自然実験関連のエッセイをまとめた一冊で、なかなかおもしろい。軽く記事を書く予定。

他、送った時事通信社原稿の校正稿が帰ってきたので確認して返信。この校正というの、媒体によって帰ってくる修正の量のレベルが違うので最初はオロオロしていたがもう全然気にしなくなってしまった。ちゃんとした校閲の方が手に入れるような場合事実確認などの指摘が多い、Web媒体だとガッツリ赤を入れてくれるところもあればほぼ素通りのところもあり、こちらが提出した文章に編集の人が大きく手を入れてくることもある(もちろんこちらが一度それでゴーかどうかを確認して直すべきところがあれば直す)。最初は赤がたくさん入っているということは僕の書いた文章はゴミ溜めのクズだったんじゃないか……と落ち込んでいたのだが(そういう面もあるだろうが)実際には媒体、あるいは編集する人の裁量といった面が大きいのだろう。

週末なので最後はVOICEROID実況をだらだら観ながらワイン。小川一水さんがしきりとKerbal Space Programについてツイッタで呟いていてめちゃくちゃやりたくなるが4000円なので躊躇している。いや、オモシロイんならいいんだけどね、これで触ってふーんって感じですぐに触らなくなるとそれはそれで痛い金額だよね、4000円って……。まあでも3連休だし買っちゃうかね。

ヘドバンしながら文章が書きたい

晴。07/12。相変わらずJavaで実装。ちまちまAPI周りの処理を書いていたらだんだんJavaを思い出してきた。そういえば昔Oracleが出している公式の資格かなんかを高い金はらってとったから実務経験がないだけで全く知らないわけではないのであった。しかし要件が定まらず作業を進めるに進められない状態。やりづらい。仕事を終えてから『レッドカード 汚職のワールドカップ』の記事を書く。おもしろいほんなんだけど複雑な話で一本筋を通しづらくて書くのにかなり苦労した。

昔は音楽を聞きながら記事を書いていたのだが、この1年ぐらいその習慣をやめてしまい、久しぶりに昨日やってみたら集中できなくて困った。書くのが難しいというか、集中して読めないんだよね。音楽を流しながら書かなくちゃいけないわけじゃあないので、それは別にどちらでもいいのだが。音楽で思い出したのだが、僕が好きな曲が一つあって(ぼんやりとした記憶なのでぼかすが)それを聞いているとついヘドバンしてしまう極限までノリのいい曲なのだが、その作曲者は自分が曲を作っている時に同じくヘドバンしていたのだというエピソードを聞いたことがある。

で、これは必ずしもそうであるべきという話ではないんだけれども、それって凄くいいよなと思うんだよね。思わず聞いている人がヘドバンしたくなる曲は作曲者からしてそうだったのか! というか。僕も文章を書いていて号泣させたかったら号泣しながら書きたいし、ヘドバンさせたかったらヘドバンしながら文章を書きたいよな、いや書かなけりゃあならねえ、とそのエピソードを聞いた時から(かどうかはよく覚えてないが)思っている。無論無表情で無感動で読んでいる多くの人が感動するような文章を書くのもいいとは思うのだけれども。

なぜ突然日記を書き始めたのか

曇。07/11。時事通信社の原稿がギリギリになってしまってちょっと焦っていたが書き始めたら特に詰まるところもなく30分ぐらいで書き上がってちょこっと推敲して送信。ルポタージュはテーマ的に僕があんまり読まないし書かない本なのでいつもちゃんとした文章が書けるか心配になるが(失敗することもあるが)今回はなかなかいい原稿になったように思う。その後『レッドカード 汚職のワールドカップ』を最後まで読む。腐敗しすぎていておもしろかった。早く記事を書きたいけど暑さもあって披露したので明日に回す。今日は外を重い荷物を持ったまま自転車で30分ぐらい走ったのだが、まるでサウナの中で服を着て自転車を漕いでいるようなもので、20分も走ったらクラクラして倒れそうになってしまった。もう外に出たくない。

なぜ突然日記を書き始めたのかと言えば一つは、PixivFanboxやらNoteの連載? 機能やら、月額料金で特別なコンテンツを提供するシステムを利用しようかなと一度考えたからで、ただ書評をそこに移行させる気はサラサラなく、だったら日記はどうだろうと考えたのであった。「基本読書」には書かない本もけっこう読んでいるので、そうした本について書けたら読書日記的なおもしろさもあるだろう。ただいきなりやってやっぱり飽きたわ、となったり思いのほかくだらない内容しか出てこないようであれば無意味なので、ちと実験的に書き始めてみたのである。あともうひとつ書きたかったのは読書日記以外に日々考えたことのスケッチ的な部分だが、普段生活しているうちで「あれを書こうこれを書こう」と湧いてくるもののいざ書こうとするとその全てが消え失せているのでこっちは今のところ微妙そうだ。ずっと書き続けていれば書けるようになっていくのかもしれんが。

07/10

仕事の進捗は悪くないので一日勉強にあてる。GAE/Node,jsを触ってみたけどこりゃいいなぁ。お手軽。選択肢としては全然ありだろう。GCPはなーデプロイもスケーリングも簡単なのはいいんだけど言語的な制約があるのが僕みたいな中途半端エンジニアとしてはキツイのでどんどん拡張してもらいたいところだ。基本的にサーバ側の処理ならGolangで書けばいい話ではあるんだけど……。家に帰ってからは『ロケットガールの誕生: コンピューターになった女性たち』の記事を書く。かなりよく書けた。本当は『敗れても 敗れても ――東大野球部「百年」の奮戦』で依頼されている時事通信社の原稿も書きたかったのだけどブログ記事を書くので力尽きてしまって断念。野球知らない人は知らないだろうけど、六大学リーグでの東大野球部ってクソ弱くて94連敗とか4年間一勝もできないまま去っていく選手もいるぐらいなんだけど、彼らがどんな思いで戦ってきたのか──を丹念におっていく迫真の一冊。

その代わりに『レッドカード──汚職のワールドカップ』を読む。まーね。オリンピックも賄賂だらけだし当然ワールドカップも賄賂だらけだわな。どうしていくのが最適解なのか僕にはぜんぜんわかりませんね。