読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

現代ならではの不安

文章の価値が何によって決まるかといえばそれにどれだけ希少性があるかだろう。文章なんて猿にでも書けるんだから、誰にも書けないあるいは書かないものを書かないと価値は生まれない。もちろん価値みたいなのは追求していくと面倒くさいことになるのでコレ以上は書かないが、ここではひとまずそういう前提を立てる。なにが言いたいのかといえばライトノベルにもやはり時代ごとに需要と供給があるだろうという話だ。『ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略』でもその辺結構詳しくやっていたけれど、でもたとえば「中高生が心情的に求めている物語とは何か」といった分析は行われていない(ちょっと書き方が変かもしれん)。

ようするに物語における需要の話である。実際僕は中高生じゃないので適当なことしか書けないのだが、たて続けに「友達がいない」系統の作品がヒットしている(この定義もやはり曖昧にしておく。そんな厳密な話をしたいわけじゃない。ホラ話程度に思って欲しい)のは、やはり今の中高生は友だちを作りづらいんだろうと想像する。やはり俺の青春ラブコメは間違っているもそうした作品だが、この作品は「ぼっちなのは楽しいことである」という価値観に貫かれていてその点でも「読みたい物語」にあっているだろう。

こういう分析が正しいか間違っているのは割とどうでもよくて、そうした分析をしてみたらちょっと面白いなと思ったわけだった。しかし僕が勝手に思っているのは今の中高生で本当に一人ぼっち、孤立化しているのはヤンチャ派を馬鹿にしにもオタク派を軽蔑するような、純文化系の子たちなのではなかろうかということだ。後この前従姉妹の中学生と話してて驚いちゃったんだけど、もう就活の話をしてるんだよね。「うちぜったい就職でけへんわー」みたいなことを言ってるわけ、中学生で。

中学生から将来を不安に思っているのかあ。ほんの10年前にはなかった不安、現代ならではの不安がやっぱりあるんだろうなって思いました。そしてそこに需要も生まれるんでしょうなあ。まる。