基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

新しい本はどれぐらいいるのか

本屋には物理的に並べられる本の限界があったし、何より絶版があった。過去の名作も手に入らなければないのと同じである。電子書籍ではそれがすべて水平に並んでいるわけだ。過去の作品が(もちろんあるやつに限る)すべて等価に並べられている。もちろん新刊本とかの区別はあるだろうけれど。そうなった場合、膨大な過去のコンテンツの集積があるのに新しい本なんか、必要だろうか。いやもちろん科学的な発見とか、現代ならではのテーマを扱った物語、思想というものは必要だが、そんなにたくさんはいらないのではないかっていう気がする。自己啓発本とかほとんど同じだしね。ただ僕が言いたいのは「だから出すな」とかそういう話じゃなくて、当たり前の話だけど「もはや、既存の考え方で出しても売れないのでは」ということだ。

誰もが手軽に物を作るようになって(今まではデジタルコンテンツがその創作者の広がりによっていたが、これからは物質的な物づくりの分野にまでこの流れは拡大していくという話がアンダーソンの新刊MAKERSで語られていた)、いわゆるいままでお金をもらって生活していた「クリエイター」なる存在はどんどん苦しい状況に追い込まれているよなあと他人ごとながら思うわけである。著作権がなかった時代、シェイクスピアの時代では物創って生きている人間は、パトロンに養われるかあるいはちゃんとした職業があって、余暇として作っていた人しかいなかったわけだけど、まあ辿った過程は違えども同じ状況になりつつあるといったところか。

ラノベ作家ってのはしかし真面目に考えたこともないからよくはしらないのだけど、ほとんどは兼業作家なのではなかろうか。だってラノベなんかあんないっぱい出て作家も大量にいるのだから、一部の例外的存在を除いて生活できるはずがない。いやしらないんだけどね……。で、まあほとんど兼業作家だと仮定しよう。そうなるとほとんどの作家はすでにシェイクスピア時代に戻っているとも言えるし、むしろ真クリエイター時代に生きているといえるのかもしれない(ラノベ以外だってそうだろ、とはいうもののデビュー者数が圧倒的に多いのはラノベ出版特有の事象だろう)。

これからフリーだとかメルマガモデルだとかのコンテンツを如何にしてマネタイズするかがさかんに問われているが、ライトノベル出版というのは旧来のやり方をより過剰な方向に推し進めることによって……アホのような出版点数、アホのような競争が必然的に専業作家を減らし、そしてその競争を起原とする切磋琢磨によって、新時代に適応した好調な市場を築いているのだといえる。一応ラノベをテーマにしたブログだから無理矢理こじつけてみた。正直どうでもいい。それにそんなこといったら自己啓発本も好調じゃないとおかしいじゃないか。バカ売れになっちゃうじゃないか。いや、売れてるのか??