基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

好きになるほど支配される

タイトルだけ決めたが何を書くか何にも考えてない。そうそう、SFファンを増やすにはどうしたらいいのかって考えていたんだった。何しろSFファンは高齢化がひどい。書く方もじーさんばっか、読む方もおっさんばっか(じーさん)でなんとも時代に取り残された(というより自発的に主軸を逸れていった)感が強い(ひでーこと言ってるな)。若者のファンは、あまりいないだろう(最近は知らない。というか僕は人見知りなのでイベントに行かないのでそういうことを直接見る機会はほとんどない。)。もちろんSFイベント側でも、今ではそれを(つまりは高齢化を)意識しているようだ。年齢によってはイベント参加費がタダになったりする。

それについて何か言おうと思ったわけでもないし、何か実際的かつ具体的な実のあることがいえるわけでもない。とにかくみなさん何やらがんばっているところが見えてくるので(人見知りなのでイベントには参加しない)応援したい。さっき家に帰ってくる途中に自転車を漕ぎ漕ぎ考えていたのはどうしてSFファンは増えないんだろう、ということだった。ライトノベルが売れているのは単純に面白いからだと偉そうなおっさんが言っていたが、だとしたらSFはつまらないから売れていないのか??

そもそもSFは冊数が出ないからなあ。とか色々考えていたのだ。そうすると僕の記憶から呼び覚まされるものがあった(王族の末裔かもしれない)。それは母親の話である。僕はひたすら本を読む人間だったのでアレやコレやを読んでいたのだが、何か面白いものはないのかと聞かれたので、本気でオススメする気なんてなんにもなく適当にハリーポッターでも人気だから読んでれば? といったらこう言われて度肝を抜かれたのだ。「ハリーポッターって現実じゃないじゃん。そんなの読みたくない」

当然この時のこのセリフは「ノンフィクションしか読みたくない」というのではなく「恋空」みたいな現実ベースの小説が読みたいという意味であった。恋空だって現実じゃねえよ!! と即座に思った僕だが、しかし懸命に判断したお陰で何も言わなかった。そうそう、つまりなにが言いたいのかというとSFを(ファンタジー)読まない人間はそういうことを考えているのだなあ、そしてきっとそういう人達がほとんどなんだろうなあと思ったのだった。

SFってのは現実じゃないじゃないですか。もちろん恋空だって現実じゃないけど、恋空よりもっと現実じゃないじゃないですか。どれも同じフィクションなんだけど、現実っていう地平があってそこから何段階離れているのかっていう話なんじゃないかなって思うんですよね。そうした自分の認識から離れれば離れるほど出来に関係なく、読む前理解する前から「無理」「読めない」と諦めてしまう。そしてそこで一段階想像を飛躍させることが出来る人は(させるほどの動機がある人は)やっぱりあんまりいないんだろうな。

だいたいSFファンといってもピンきりなので、ニューロマンサーが出た時に「こんなもんわからん! ついていけん!」というファンも一定数は居たようだ。突き詰め過ぎると読者がいなくなるのはどこも同じか(押井守みたいに?)。ちょっとご飯食べてこよう。

ご飯食べてきた。ご飯食べながら考えた。SFファンを増やそうと思ったら(正直別にどうでもいいんだけど)、そもそも文化的な下地として「SFを誰もが日常として受け入れられる文化」がなければいけないんだろうなあ。経営学ではこれを文化開発と呼ぶらしい。たとえば九州のどこかでは(忘れた)鰻がばしばしとれるのだが誰も料理しない。誰もが鰻をその辺に捨てる(大げさ)。そこである料理人が本場の関東(本場かどうかしらん)の鰻丼を出して売ったのだが、誰も注文しなかったそうだ。この地方には鰻を料理して食べるという文化がなかったから。

しかしSFで書かれる世界の場合は誰もが受け入れられる文化になった瞬間にSFではなくなってしまうのではないか? 構造的欠陥なのではないか? という気もする。そこまでいくともうよくわからなくなっちゃうね。ライトノベルが売れているのは単純に面白いからだと言ったおっさんはだからあんまり正しくないと思うわけ。掘り起こされていなかった需要、文化を掘り出した、あるいは創りだしたってところに、秘密はあるのではないか(強引につなげて終わらせた)。

あとタイトルはやっぱり何にも関係無かった。いや、このあと関係させる予定だったんだけど面倒くさくなったからやめた。と思ったけど書こう。そんなに大したことじゃない。僕はだいたい当たり前のようなことかよくわかってないことを適当に書くだけなので本当にどうしようもない(自己嫌悪)。ようは「世の中にはちょっと非現実的なことが物語の中で起こっただけで拒絶反応を起こす人がいて、しかもそういう人達が実は大半(かもしれない)なのである」というシンプルな事実が、SFファンでもライトノベルファンでもわからなくなるということだ。

だって自分は好きで、素晴らしいものだと思っているわけだから、当然他の人だって受け入れてくれるはずだと思う。価値があるはずだと思う。しかし価値というのは存在ではなく、現象なのだ(いきなり難しいことを言い始めたのはこれが受け売りだからである)。自分が受け入れられたから、自分にそういうものを受け入れようとする動機、下地があったからそれを素晴らしいと感じているに過ぎない。そこのところを間違えると、なんだかよくわからないことになる(書いている僕もよくわからない)

特に何も言いたいことのない記事であった。しかし小説における文化開発ってなんだろうなあ。