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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

ノーゲーム・ノーライフ

一巻と二巻を読んだ。いつもどおりキンドルストアで購入。これは当たり。副題が内容を端的に表していて、一巻はこれだ⇒『ゲーマー兄妹がファンタジー世界を征服するそうです』都市伝説化する程あらゆるゲームを攻略し、ランキング一位を独占しているニートな18歳の兄(心理戦担当)と数学的思考力が卓越しチェスの盤面をすべて解析するほどの天才である11歳の妹(当然引きこもり)がゲームが全てを支配する世界に呼び込まれ、世界を征服していくのが簡単なあらすじだ。

「現実世界では受け入れられない異能を持った人間」が「その異能を活かすことが出来るファンタジー世界にいって世界を征服する」という流れはライトノベルのファンタジー物ではおなじみで、特に直近一ヶ月でも同じ内容のものを最近他に2つ読んだけれども、これが断トツで面白い(問題児たちが異世界からくるようですよとA君17の戦争)。

この「異能力者異世界転移もの」の魅力はやはり「現実には受け入れられていない人間がその才能を遺憾なく発揮する」ところに魅力がある。問題はそれをどう魅せるか。比較しても意味が無いのだが『ノーゲーム・ノーライフ』ではその主人公たちの「能力の魅せ方」が飛び抜けてうまいと感じた。これは簡単なたとえだけど、筋肉むきむきですごい力持ちである人間を「魅せる」といった場合には地の文でだらだらと「いかに凄いのか」を書くのではなく「敵が襲ってきたが拳の風圧だけで相手を叩きのめした」みたいな描写が「魅せる」にあたると考えている。

あとは題材が「ゲームが全てを決定する世界」であり、ここが突出して面白いポイントだ。異世界に召喚される主人公たちは「異能力がある」といっても、大抵は「殴り合いのスーパーユニット」とか「軍師」におさまってしまう(たとえばゼロの使い魔や問題児たち〜は前者で、A君〜は後者だ)。本作では主人公たちの異能力がそのままその世界での使える能力になるという「主人公たちが最大限活躍できる世界をまるごと作ってしまう」点がちょっと違うかなと思う。

結局どのファンタジーでもいろいろな活かし方はあるにせよ「戦争」で天下をとるという流れであって、活かし方は「バトルアクション」に限定されていたところを「頭脳能力バトル」に切り替えた面白さというのか……。「これこれこんなのがあるよ」と言われればそれまでの話だけど、僕としては新鮮で面白かったです。しかし能力ファンタジーとなると、勝手に心配になってくるのが絵的に映えないのではないか……ということなのだが、これも二巻の具現化しりとりゲームで度肝を抜かれることになる。

もともとアクションが書きたくないけどファンタジーは好きという漫画家のため、原作のプロットとして容易した話だというが、ライトノベルの段階では充分絵的に満足できる内容になっている。というわけで珍しく絶賛。