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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

神話を下敷きにしたはなし

ささみさん@がんばらないの話。6巻まで読んで満足したので此処から先はもういいかな。ある程度話の繰り返し方がわかってしまったということでもある。力が勢力をいったりきたりし、その度に各勢力同士でとっているバランスが大きく崩れてそこからのバランスの回復が物語の定型パターンになっている。で、読んでいて面白かったのがやっぱり神話を下敷きにした作品であるということ。

エヴァンゲリオンとか舞城王太郎清涼院流水が得意とするところだが、作品内にまったく別の論理、流れを下敷きとして持つことによって話の展開にかなり無茶をきかせることができるようになる。エヴァンゲリオンとか正直物語としては終わってるぐらいつまらないけど意味ありげに散りばめられた神話的モチーフを適当に繋げることでどうとでも解釈できる上に、「神話的に意味がつながっていれば細かいところは気にしない」という流れに持っていっている。

舞城王太郎のアホみたいな連続殺人もそのまま何の理由もなく書くと荒唐無稽なギャグ小説になるがその背景に幾何学とか神話を絡ませることでなんか意味があるかのように見せかけている。清涼院流水は神話は使わないが意味不明な言葉遊びを繋げることによって通常の物語運びの論理とはまた別の論理を敷いて物語を構成している(これにはついていける人間があまりいなくて叩かれまくっているが)

突飛な例ばかりあげてきたけれど神話モチーフの作品なんていくらでもあるわけであって、それらに共通しているのは「神話的に筋が通っているからいくら非現実的でもOK」な突飛な話ができることであると思う。数日前に書いたけれど「世界を支配する」理由に足る動機なんてほとんどないわけだけど、宗教戦争ならそれが割かし理解しやすいように。

ささみさん@がんばらないは物語に神話からのキャラクタがわんさか出てきており、作中では彼ら彼女らはもともと自分が持っている「物語」に強く影響されている。その制約を使えばたとえば「世界を転覆させてやる」という動機も説得力を持ってかけるし、「物語を引っ掻き回したい」と思ったらそうした動機をもともと持っている神話キャラクタを適当な神話から引っ張ってきて物語に介入させればいいわけで、主に動機面でキャラクタを作りこむ必要がなく、創る側からすれば便利なのかもしれないとささみさん@がんばらないを読んでいて思った。<神話下敷き

一方で神話キャラクタは自分の持つ物語に制約を受けるわけでその辺をどう組み合わせるかがポイントか。正直言ってずっと読んでいると単なる都合のよい引っ掻き回し役でしかないんだなと思うと冷めてくるところもある。現代に蘇ったトロイア戦争を書いていた頃は多種多様な神が出てきてどかーんぼこーんなノリで楽しかったが次にインド神編がはじまり、その次にはクトゥルフ神話編に突入するようで、いよいよネタがなくなってきたなと思うほかない。

まあ、ここまでかなあという話でした。