基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

まよちき

間をちょこちょこ飛ばしながら最後まで読んだのだけど、考えてみればこれも今年完結なのですな〜。こういう割とオーソドックスな、ラブとコメしかなく装飾が若干違っているだけの作品はもうそろそろアニメ化とかも終わりかな〜と思っていたんですけど、意外と修羅場のやつがアニメ化決まったりして、不思議な気分です。だって修羅場のやつとまよちきって、どっちかみたら片方は、よまなくてもいいような、ほとんど同じ話だからね。同じ話だからこそ売上予測も立つのかもしれないけど。

じゃあなんでお前はまよちき最後まで読んでんだよと言われれば、この手の作品はいかにして男女をくっつけずに話を引き続けるのかがテクニックの見せ所なのでその辺、12巻も続けるのはどうやってるんだろうな〜と思って。失敗するとニセコイみたいなひどい展開になって収拾がつかなくなるわけです。どう考えてもそれは無茶だろみたいな。まよチキの場合は……まあ結構うまかったなあ。

だいたいこの手の物語は大筋が全部一緒なのでついでにまとめておく。1.鈍感主人公がヒロインに若干のアタックを受けながらもラブコメをする(状況説明)⇒2.ヒロインが増えたり事件が起きたりしながら段々とテンションをあげていく⇒3.まわりに女の子が増えてきた焦りが積み重なり、イベントが起きて告白する⇒4.あるいは告白に至る前の男側&女側の障壁を突破する⇒エンド

結局話を続けるために必要なのは「制約」をいかにうまく設定に組み込んでおくかっていう話なんですよね。各工程でどれだけ引っ張るのかっていう。男に付き合えない理由があり、女の子にも付き合えない理由がある。一番有名なのはロミオとジュリエットですけど。お互いにくっつきたいけど、くっつけない。まあラノベラブコメの場合は片方がくっつきたいけど片方はくっつけないという状況からのスタートなわけですが。

まよちきの場合は執事であることや恋愛関係に主従の関係というか、遠慮が入ることを女の子側の制約にしていてそのあたりはうまかったのかな。男は「女性恐怖症」とかいう意味不明な「病気」にすることで説得してるし。精神病院に行けボケ、と思うもののそんなところに突っ込んでも仕方がないし。ニセコイがあからさまにぐだぐだになってしまったのは、あれは「付き合わない理由」が両者どちらにもなく、それどころか付き合う理由しか無いみたいな状況だからで。

修羅場〜はそういう意味だと設定時点での設計は褒められたものではない。まよちきにすら一段階劣っていると思う。しかしニセコイよりは上。ディティールで優っているわけでもなく。ニセコイ含めそれでも人気が出て(?)アニメ化したりするのだから何か別の惹きつける要素があるのかもしれないし、まったくなくて単なるいろいろな条件の組み合わせでうまくいったのかもしれない。よくわからない。

今後もオーソドックスな流れのラブコメはなくならないでしょうけど、手法がほぼ完成されてきた現時点から、いったいどんな作品が産まれてくるのかというのは興味深いところです。