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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

物語の伝播性について

ニンジャスレイヤーをぽちぽちとwebでよみ進めているんだけどこの伝播性はなんなのだろう。

SF JACKに収録されている冲方丁の短編『神星伝』は巨大ロボット陰陽スペース・オペラ時代小説であるという狂ったようなごちゃ混ぜ短編なのだが(しかもそれが見事に融合している、奇蹟だ)、この短編でもニンジャスレイヤーらしさがあった。まあもともと冲方丁はクランチ文体などで似たようなことをやっていたのだが、此の作品ではなぜかところどころ「アッパレ!」「アッパレ=ナリ!」のような意味不明なあいのてがいれられることがある。明らかにニンジャスレイヤーの影響だろうし、そもそも日本文化を意図的に跳躍させアメリカナイズし、サイバーパンク的日本世界の中にたたき落としたたニンジャスレイヤーが元になって巨大ロボット陰陽スペース・オペラなんてものをつくろうと思い立ったのではないか。ニンジャスレイヤーに影響されて、テスタメントシュピーゲルTwitterで連載したいなどと意味不明なことを言っていたしな。

で、この伝播性はなんなのだろうという話。真面目にやろうとしたら誰かが凄まじい文字数を費やさなければいけないだろうから僕は適当に書く。ニンジャスレイヤーの特殊なポイントとして、まず一つの定式があることがあげられるだろう。まずニンジャ同士が出会った時に必ずする「ドーモ」という挨拶や「イヤーッ!」「グワーッ!」「アイエエエ」などといった単純極まりないやられ音声の美学。これは実際に何が起こったかを表現しているというよりかは、「グワーッ!」と声をあげなければいけない事態が起こっていると読者に想像させるという点でトリガーとなる表現になっている。

で、ニンジャスレイヤーってのはこの定式を何度も反復させていくことで物語を記述していくんだけど(たぶんTwitterっていう文字制限があるなかで生み出された技法なんだろう)その定式がたぶん中毒的な面白さとかリズムとかをうんで、同時に定式化されている文体表現なので誰でも模倣できるんだよね。それとは別に描写の面白さ、というよりは設定のありえなさっていうのはこれは完全に物語の仕組みによって創られているわけだよね。

アメリカナイズされた日本文化を、サイバーパンク的世界観として描写されるまったく異なる日本の中で展開させる。そのねじれがある限りネタはほぼ無限に投入できる。ようは掛け算のおもしろさなわけで、これも仕組みは単純だから応用がかなり簡単なんだよね。定式化と面白さを生み出している仕組みがかなり単純なのが、ニンジャスレイヤーがこれだけ人に伝播しやすい理由の1と2ではないかという話でした。

とかなんとか偉そうに語ってるけど、実を言えばまだ第一部すら半分ぐらいしか読んでいないのでした。でもこんなふうに広がっていく作品っておもしろいよね。その核の部分は「どれだけ様式化されて、模倣しやすいか」にあるとは思うんだけど。話半分に聞いてくだしい。いま読んでるから、読み終わったらちゃんと感想を書く。