基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

ゲームで現実をハックする⇒冴えない彼女の育てかた 3

いまかなり好きなシリーズ。

かなりシンプルなラブコメなのだが。バランスがとれておりたいへんよいとおもうところが多々ある。特に今回は読みどころが、短い割に盛りだくさんで言及しようと思えばいくらでもできそうな感じ。たとえばクリエイターとして存在している時の、後からやってくる人間への恐怖感など。これなんかクリエイターでもなんでもなくて、普通に技術系の仕事をしていると日々感じることでもある。あとからやってくる人間の方が技術力が高ければ、そして安ければ、年齢だけ高くなって金をとるようになった人間は不要なわけで、その分価値を出して行かなければいけないわけだ。

あとはこのシリーズが一貫して持っている、ゲームというか現実に対してフィクションとしてのシナリオを書くことで、現実を改変していくという流れは今作も健在。ゲームで現実をハックする流れは今、ほんとに潮流としてあったりする。『幸せな未来はゲームが創る』などを参照すると、海外ではたとえば「家事ゲーム」みたいなかんじで、家の家事をするごとに得点がもらえるようにしたりして、「ゲーム感覚で家事をする」したりしているのだった。なんかうまく説明できてないが。シンプルにいってしまえば日常のあんまり楽しくない、やりたくないことをゲーム化して楽しくやっちゃおうぜ、という感じ。もちろんそれだけじゃないんだけど。

オタクとしての生き様が人生を幸せにするんだ。

他にはライバルが出てきたり。新キャラが出たり。この手のクリエイター物みたいなのでライバルを出すとけっこう「うわちゃー」みたいな痛々しいライバルになりがちなんだけど、というか本作のライバルも割と痛いんだけど、でもまあそこそこ納得できる、同人誌ってものをどう捉えるのか、創るってことをどう捉えるのかの差異で、けっきょくどっちが正解ってもんでもないところを狙ってき。

あ、あとあと、「クリエイターとしての上がりは何か」みたいな話も入ってきたりして、この3巻はテーマとしては豊富なんだよなあ。

クリエイターとしての上がりってなんだろうか。幸せってなんだろうか。同人作家として、好きな物を好きなように書いていれば売れなくてもいいのか? 100部刷った同人誌が完売したら? シャッター前になったら上がりなのか? あるいは商業デビュー? はては何百万部の大ベストセラー作家?? 世の中には何百万部も本を売ったとしても全然幸せそうじゃない作家がいるし、ONE PIECEみたいに一億部売っておきながら自分の時間がほとんどない尾田栄一郎だっている。クリエイターとしての上がり、幸せってのは当然人それぞれなんだけど、その人それぞれのラインを自分で決めて、そのとおりにするってのはなかなか難しいものだと思う。

売れなくてもいい、好きな事を書いているんだからといっても、、だからといって全く売れないと悲しい。かといって売れすぎても、いろいろ面倒なことも多そうだ。金を稼ぐ手段と割り切る方が、よほどわかりやすいかもしれない。そして「上がり」に到達するまでの道も、ほんとに人それぞれで。単なるネット発の人もいれば、同人作家から上る人もいれば、いきなり商業デビューもある。その場その場での売り方、魅せ方も、すべて変わってくる。そういうことを本作は書いている、あるいはこれから広げていくのだと思う。

本作はラブコメだから、「創ること」と「異性を求めること」でどちらがより自分にとって価値あることなのか? の部分で揺れ動いたらまたちょっと面白かったかもしれないけど、そのへんは結局軽く流されてしまった。というか簡単に、ころっと異性の方にいってしまう。まあ、いいんだけどね。基本はラブコメが主軸なわけなので。ラブコメ部分はしょうじきちょっと微妙だ。ドラマの部分が常に創ること、オタクとしての生き様っていうテーマに関わってくるのはうまいけど、ただの鈍感主人公だし(さすがにここにはネタは仕組んでないと思う)。

さてさてこれから先ヒロインも増えていったいどうなっていくことやら。どいつもこいつも才能がありすぎる設定でそのへんを深く考えると「何をいってるんだこいつら……」と現実に立ち返ってしまうので『アオイホノオ』を読みながら読むとバランスが取れていい感じである。