基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

一昨日書いた話は

非常に狭い書評家という物について書いたわけだけど、あれを本当に気をつけなくちゃいけないのはライターとかジャーナリストだよなあと思うわけである。人間である以上すべてを知っているわけがないのだから謙虚に、自分が常に間違っているかもしれないことを前提として、行動していただきたいものだと思う。そしてそうした誠実な態度が、僕自身理想とするものである。ほとんどの人は自分たちがいつも載っている電車がなぜ動くのかしら無いし、知っている必要もない。たとえここに経済学の問題をぽんと置いたとして、経済学の専門家とて答えはどれも違うものになるだろう。普通人は何も知らないのであって、ただし逆にいえば知ろうと思えばどんなことでも学ぶことが出来る余地が残っているのだともいえる。すべては知り得ないが知ろうとすることはできるのである。

そうしたことを僕は内田樹さんから学んだのだが、ご本人は実践できていないようである(特に経済について語るとき。)

なぜ突然こんな話をはじめたのかといえば、The Economistの書評欄が毎回けっこうすごいなあと関心してしまう内容で、「これこそが書評だよなあ」と思ったからなのだった。事実誤認のチェックまではできないが、共通するテーマがあれば類書をとりあげ、これまでの歴史につながっていくテーマがあれば一冊の中からそのテーマを抜き出してみせる。一冊の本を語るのに、その本だけで閉じてしまわないで常に広がりをもっていくのがさすがなのだよ。このへんがトップなんだろうなあと思う。日本だと山形浩生さんとかかな。