基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

他人に本は貸さない

本というのは基本的に受け手がどんな状態で読み始めるのかによって大きく捉え方が異なってくる。

たとえばとある小説の熱心なファンがいたとして、その熱心なファンが布教などと称して自分以外の人間にそれを強制的に貸し付けるような場合、それを押し付けられた側が気持よく読めるかといったらそんなわけがないわけで。しかも相手は熱狂的ファンだから感想もいいづらい。「いやあクソだった、マジゴミ!」などと言い放った時には喧嘩になるだろう。僕はそれを続けていたから友達がいなくなった。まあそもそも貸し借りをする友人が存在しなかったのだが(突然のカミングアウト)

それに双方合意の上の貸し借りであってもなんだか他人の本って気を使う。人によって本に対する扱いは差があるし(たとえば僕は表紙を捨てられようが帯を捨てられようがそこら中折られようがどうでもいいが、そのどれをとっても許しがたい人もいるだろう)、そのへんの均衡をとるのはけっこうめんどくさい。たとえば僕は平気で本を雑に扱うので、借りた時はかなり気を使うしなんかつかれる。

さらには「返さなければいけないから早く読まなきゃ」などというストレスもおもしろくない。僕は本を相手に渡すのであれば、あくまでも自発的に、気が向いた時に読んで貰いたい。それは10日後だろうが1年後だろうが10年後だろうが関係ない。それ以上に、何においても人に一番の衝撃を与えるのは「自分で選んだ本が、自分にぴったりのタイミングで、自分にぴったりの本」だった時なのだと考えているから、人に「自分から」本を貸すというのはできればしたくない行動だ。

とにかく熱烈なファンで、それを人に押し付けてくる輩には近づきたくない。宗教と同じだもんね。勝手に信じている分には関係ないのだが、それを人様の家にまわって布教し、押し付けるからウザいのだ。ファンの集まりのようなところにいるとそうした人間が一定の比率で紛れ込んでいるものだ。誠実なファンならいいが、宗教的なファンみたいなやつらが。そうした人間は批判すると怒るか、そもそも話がまったく通じなかったりする。

ブログをやって本のレビューをしているお前はなんなのだ、人に自分の考えを押し付けているじゃないかと言われそうだが、僕は勝手に書いているだけで相手に無理やり読めと送りつけているわけではないという言い訳を一応言っておこう(なんか微妙な言い訳だけど)。イメージで言えば、本来なら誰もいないところで、ただし聞きに来ようと思えばこれるところで滔々と布教をしているイメージ。