基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

作家と編集という関係

とあるライトノベル作家が不運にもあまりよくない編集と当たり、あまりよくない結果を出してしまい、なにかいろいろなことがうまくいかないままに契約の終了を告げられてしまったという記事を読む。うわあ悲惨だ。でもそこら中で聞く話でもある。咆えろペンとか(漫画か!)中川淳一郎さんのようなフリーのライターの話など。出版業界が無茶苦茶なのはもうずっと前からの常識だと思っていた。変わりつつあるのか、全く変わっていないのか、中に居ないのでさっぱりわからないが、まあ変わっていたらこんな話はでないのか。

咆えろペンでは様々な編集との軋轢が出てくる。あーしろこーしろと作品を徹底的に改変させられるように口を出されるというエピソード(しかも全然おもしろくない)も当然のように出てくる(今回のライトノベル作家の件と同様だ)。もちろん咆えろペンはフィクションだから、それを押しのけて漫画家は、自分自身の漫画を描くべきだと吼える。しかし大抵のノンフィクションであれば、それは仕事で、あくまでも編集者はそれを発注している側なのだから、すべていうことを聞かなければならないという論調が多い。

吼えろペンにはこんな台詞も出てくる。『面白くないものも報酬のために…………表情ひとつ変えずにキッチリと描き上げられるのが、プロだ!!』(ただやはりこれはフィクションなのでその後、最低の原作を与えられても、それを最高に面白いものにするのが、プロだ!!と信念を発揮するのだが)結局ただの発注をかけられている個人事業主なのだから、面白かろうがつまらなかろうがどうでもいい、ただその中で最善を尽くすのはたしかにプロなのだろう。アマとプロの差は実質的に「受注してもらった金の分、きちっと働く」ことにしかない。そういう考え方もあるだろうということ。

フィクションノンフィクション含め、どれを読んでも編集(にかぎらず発注をかける側……僕はシステムエンジニアなので、意味不明な発注にたいする悲哀はよくわかり、そしてそれを耐え忍んでいる。わけもわからず文句を言ってくるものなのだ)というやつは理不尽なものよ。

くだんのライトノベル作家の件は可哀想だと思うし(デビュー作はそこそこ面白かった)、編集とは相性が悪かったんだろうと思う。そしてきっと編集も、ひどい人間だったのかもしれない。同情する。が、今生き残っている人間はそうした理不尽をくぐりぬけてきているのだろう。漫画家漫画だと「預けた原稿を紛失されて一から書きなおし」とか普通にエピソードとしてあるし。ありえない話だが。そもそも絶対に当たる方法論なんてものがあれば誰もがやっているから、仕方がない面もあるのかもしれない。

情報も揃っているわけではないし、そもそも揃っていようがどっちが悪いとか言う話は不毛で意味がなく、するつもりもないので特にリンクなどは貼らなかった。