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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

暗黙知について

柴田元幸さんと高橋源一郎さんの対談本小説の読み方書き方訳し方を読んでいた。高橋源一郎さんが「あるときふっと書くってことがわかった」というような趣向のことをいっていて、それを受けて柴田さんは「医者もあるときからぱっと患者をみただけでOKかダメかわかる」といっていて、それが実際どのレベルで正しいのかはわからないけれど、こうした暗黙知、言語化できない知識みたいなのっていったいぜんたいどうしたら伝達できるんだろうなあって思うわけですよ。ぶっちゃけ言葉で伝達できる知識より、言葉で伝達できない知識のほうが「希少価値が高い」わけで、ある意味今価値の高い仕事をしている人たちはみなその暗黙知の領域能力を使っているのだと思うし。

たとえばヒヨコのオスメス判別って、普通見ただけじゃ絶対にわからないらしいんだけど、判別師の人たちは一瞬でそれを判断できる。で、「なぜなんですか?」ときいてもだれもそれに答えられない。ただわかるわけだ。で、じゃあどうやってヒヨコの判別師になるんだよって思うんだけど、それは「ヒヨコの判別をして、間違えたら後ろで判別師がそれを指摘する」っていうプロセスを何度も繰り返すと、最初はわからなかった人たちもなんでかしらないけどわかるようになるのだという。

ようは経験してOKかNGかといったことを染み込ませていくことでしかそうした暗黙知ってのは覚えていけない(今のところは)、あるいは今のところはそれが一番効率がよさそうだってことなんだろうな。だから暗黙知のレベルで価値あることをしようと思ったら、言葉で理解できることは言葉で理解すればもちろんいいんだけど、絶対的に経験を地道に積んでいくしか、そして言葉にできないところの技術みたいなのを自分の中に積み上げていくのがいいんだろう。