読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

にっき

ゴールデンウィークが終わる。特に感慨もないが、休んでいるといろいろ楽しいことが頭に思い浮かんでくる上にブログに書くことのできる密度もあがっていると実感できるので、日々の仕事に、あまり意識しないまでも実際かなりの容量をとられているんだろうな。すべての時間を空想につかうわけにもいかず、仕事のことを考えているわけだから当然他のことは考えられないし。仕事が嫌だということはないのだが、それだけは残念。いちにち好きな事ばかり考えていられれば好きなことの密度があげられるという意味で。

けっきょくブログに書かれるものは、事前に考えたものなんだよね。「こうしよう、ああしよう」っていう。だから実際書いている時間ってのは創造的な時間ではない。なにかを圧縮している時間でもなければ、つくっている時間でもない。それはただ「あたまのなかでかんがえたこと」をいかにだすのかという時間なのだ。だから何か面白いものを書こうと思ったら、たくさん書く時間をとるのではなく考える時間をとらなければいけない。

ニンジャスレイヤーを読んでいるのだが、この小説あとに進むほど複雑さが増していてよい。ハッカー戦など描写のディティールが大変楽しいしな。初期にはそうしたところはなかったわけで。時系列順に本に収録されているわけではないのでとんだ思い違いかも分からないが。ところで原版(英語版Twitter)が読みたくて探しているんだけど、ひょっとしてないのかな?? Twitter翻訳なんてやっているので、てっきりもともと英語版Twitterで連載されていたんだと思い込んでいたのだが、違うのかもしれない。というかたぶん違うのだろう。

Economist誌を読んでいたらNew Digital AgeとならんでラニアーのWho Owns Futureが紹介されていて読みたくなるなど。人間はガジェットではないはたいへんな名著なのだが日本での知名度はあまりないみたいだ。Wikipediaすら項目がないのはびっくりした。だれが未来を持っているのかねえ。書評を読む限りではYou Are Not a Gadgetとほぼ同じ事しかいっていないようにも思えるけれど。