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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

時間を得るためには時間を失う必要がある

なんか昨日の記事が伸びているが。ブログ論は伸びやすいようだ。ブログを書くことってそんなに素晴らしいか? - 基本ライトノベル あとこのブログはライトノベルのことをほとんど書いていません(ブログ名詐欺)

話の続き。時間を得るためには時間を失う必要がある。

あまりにも当たり前のことだが。

「どうやったらたくさん本が読めるんですか」と聞かれることが多いが、実をいえばもっともすぐに効果がでる、有効なものはこれしかない。あまりに身も蓋もないので普段はそうとは答えないのだが、「たくさん時間を使うこと」だ。 僕は本を読むのがあまり早くないが、その分他の人が払わないようなコストを払って本を読んでいる。

たとえば僕は、ほとんど人付き合いをしない。遊びに誘われても時間が無駄だと思ったら素直に「時間の無駄だと思うからいかない」といって断る。仕事も自分の分が終わったら空気を読まずに帰るので上司の印象はかなり悪いはずだ。嫌味をよく言われるし。電車の中では当然本を読むしトイレでも読むしエレベーターの中でもエスカレーターの上でも読む。起きている時間のほとんどは何かを読んでいる。そしてそれ以外のことは極力やらない。掃除なんてしないし、ご飯を食う時間すら省略するために1日1食しか食べない。

休みはほとんど外に出かけず、家から一歩も出ないことの方が多い。そんな生活を幸福だと思う人はあまりいないかもしれない。でも好きでそうしているのだ。まあ、ブログは書いちゃうんだが。本を読むために、ありとあらゆる時間を省略している。それだけやっても、たくさんは読めないのだ。しょうがないね。時間が人によってたくさんあるのか、ないのかわからない。明日死ぬかもしれないし。そもそもどれだけあってもたくさんなんて人の主観だ。でもたとえば「何歳まで生きたらこのペースだと本が何冊読める」という計算をすることはできる。計算すると意外とその冊数は少ない。

本を読むことに限らず、一日の時間は変わらないのだから、何かをやろう、やりたいと思うのだったらその分だけの時間を削らなくてはいけない。人によっては睡眠時間かもしれないし、すでにやっている何らかの趣味の時間かもしれない。何が自分にとって大切なことなのかは、よくよく考えよう。たとえばブログを書くことだって、まるで良いことのようにそこかしこで言われているけど、本当にあなたにとって、それは大切なことなのか。

といったことが昨日の記事の根底にはあった。