基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

休日

髪を切ったり本を読んだり。

本屋にいってコニー・ウィリスが特集されているはずのSFマガジンを買いに行くかどうか迷う。往復と見て回るので間違いなく40分は犠牲になるだろう。40分あればかなり本が読める。Amazonで買うか(書きながら考えている)。いつも思うんだが、小説の雑誌は特集目当てで買っても半分以上を毎回読んでいるはずのない連載小説が占めているから読む箇所が少ない。SFマガジンにかぎらず小説の雑誌なんだから連載小説があるのは当たり前だというかもしれないが、そんな連載小説目当てで読むやつより一回限りで買えたほうが多くの読者にアプローチできると思うんだが。

うーんでも小説のお披露目、宣伝って効果なのだろう普通に考えれば。どの程度精確なのかわからないが発行部数はここでみれる(SFマガジンはないが)⇒一般社団法人 日本雑誌協会 - 印刷部数公表 めぼしいところをピックアップすると群像(7000!!)、小説すばる(12000)、小説新潮(17634)…… ひえー。こんなんで連載小説なんかやって、宣伝になるわけがない。と思うが、そもそも小説の単行本やら文庫本の初版なんてたいして数が出ないだろう。だいたい雑誌の発行部数ぐらいしか真面目に出てないんじゃなかろうか(適当こいてるが)。

あきらかに週刊少年漫画誌の場合は作品のあきらかに宣伝だが、小説雑誌はそれをめちゃくちゃ規模を縮小させたVERでやっているだけなのかもしれないな。とはいいつつ僕が小説雑誌に抱いている違和感ってのは「特集をするし」「連載小説も載ってる」というなんだかよくわからないコンセプトがごちゃているところなんだが。焦点がしぼりきれていないのではないか。しぼったから部数が売れるかちうとそんなことありえないが、少なくとも僕は買いやすくなる。Economist誌や子どもの科学ぐらいしか購読している雑誌がないからそう思うのかもしれないし、そもそも小説誌から連載小説をなくしたら紙面なんか埋められないのかもしれない。何を考えて雑誌の人たちは創ってるんだろうな

読んでいた本は「遠き神々の炎」。随分昔のSF小説だが、こいつはすごい。宇宙から設定しなおしていて、特殊なエイリアンがいっぱいでてくるんだけどその設定がまた凝ってるんだよなあ。これだけ設定を細かく──というか、全く別の宇宙を創造しているにも関わらず物語はしっかりとエンターテイメントしていて(メインプロットが3つ同時に走るという複雑な物語ではあるんだが)すごい。

話は変わるがなんというか、世の中には設定厨みたいな人がいるよね。川上稔とかさ。彼の都市シリーズや終わりのクロニクルは正直いって設定ばっかり凝りすぎて物語の動きが悪かったり、ドラマを読みたいのに大量の設定を読まされて把握するのが困難だたんだけど──、現在絶賛刊行中である境界線上のホライゾンはそれを「世界の歴史を下敷きにしてめちゃくちゃに設定を広げまくる」という方法で今までの弱点を克服してるんだよね。ようはまったく架空の、ファンタジー設定ばかりで世界設定に凝られすぎると読む方としては設定だけどんどん浮いてっちゃう。

昨日の話とつながってくるけど、ようはちぐはぐだったんだよなあ。川上さんのそれまでの設定厨でどうにもついていけない世界ばかり(もちろん熱狂的なファンの方はそれまでにもいて、人気で、すべてが失敗作だったなんていうつもりはない。それがもっと広い層に普及することを目指した前提の話ですよ。)だったのが、現実と地続きの歴史を導入することで設定が地に足つけてるんだよね。物語と設定をどのようにして「接続」するのかっていうお題は考えてみるといくらでも方法があって、面白いテーマかもしれない。いずれ書いてみたいですね。