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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

時間は命なんだよ

時間は命なんだってことをわかっていない人間が多すぎるのではないか。

時は金なりなどというが、時間がなければなにもできないわけで金の価値なんかたかが知れている。何かが出来るのは時間であり、つまり時間=命なのだ。金がなくても遊ぶことができるが時間がなかったら遊べないんだから金より時間のほうが価値が高いのはアタリマエのことだ。それなのにその価値をわかっていない人がいる。お金は目に見えて移動するものなのでわかりやすく、金を浪費させると申し訳なさそうにしてくれる人は多いが、時間を浪費させてもあんまり申し訳なさそうなのはどういうことだろうか。

待ち合わせに遅れてくるなんてことはどうでもいいんですよ。僕だって遅れるし。ただ僕が言っているのはめんどうくさいことだったら「なんとかしてこの人に使わせる時間を少なくさせてあげよう」という心がけであり、一緒に時間を過ごすんだったら「なんとかしてこの人と一緒にいる時間を充実したものとさせよう」という心がけがない人間が嫌いなんだって話なんです。僕は人間関係にとって一番大事なことは「誠実さ」だと思っているけれど、この「相手のことを思いやる気持ち」というのが僕にとっては一番重要なんです。

平気で時間をずるずると使って会議をしたり、いくらでも短期間、短縮した時間でやれることをわざわざ面倒くさい手段でやるような人間は、相手の生命を削ってるんですよ。僕はだから自分の時間が無駄に使われているときは常に殺されているんだと感覚を持っているし、そうしたことに無自覚な人間は害悪なんです。だからできるかぎり距離をとろうとする。そしてそうした時間への意識というのは、相手の持っている時間への尊重を伴うべきなんです。単なる飲み会だろうがお茶だろうが、相手の時間を自分と共有しようとするのは相手の生命をほんのちょっともらうってことなんですよ。

ただ僕が言っているのは「できるかぎり相手の時間を無駄に費やさせるな。時間を無駄にさせているという意識がある場合は相手の生命を削っているんだという覚悟を持っていろ。そして無駄な時間になることを回避させるために、できる限りのことはしろ。」ってことであって「自分の時間」を無駄に使うかどうかってのは関係がないんです。そして他人によって時間を無駄にされるのも、ばっちこいなんですよ。ただ改善しようとする態度と、他人の時間は当人が意識しているか、いないかに関わらず生命なんだっていう意識をもってくれっていう話で。

ちなみにこの記事は ⇒ブログを書くことってそんなに素晴らしいか? - 基本ライトノベル これと ⇒時間を得るためには時間を失う必要がある - 基本ライトノベル これの続きです。一貫していってきたのは自分の人生をいかに楽しむのかということ。そしてその為に使えるものは時間であり、自分の人生を充実した運用にするためには時間の価値を認識することと目標への集中、その為の取捨選択が何より大事なのだという話をしてきたつもりです。