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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

言の葉の庭

新海誠監督作品。

真面目にみるのははじめて。秒速5センチメートルがあまりにもどうでもいい話だったんでそれ以来ずっと敬遠していたんだけど、この作品はタイトルと宣伝に使われているポスターの絵のフンイキがとても良かったのでみた。かなり良かったのだけど僕が言葉にできる部分って少ないな。脚本に関して言えば15歳の高校生と27歳の女の人が雨の日だけ偶然、日本庭園で会うようになり次第に親密になっていくんだが──。

うーんどこが良かったのかな。基本恋愛モノって「だからどうしたんだ」と思ってしまうのであまり好きじゃないんだけど、軸があまり恋愛に依っていないところはよかった。靴職人目指す家事洗濯料理なんでもできちゃうスーパー高校生と人生凹んじゃってる系美人お姉さんという取り合わせが良い。わりと歳が離れているよねっていう葛藤と立場的な部分もあり。よく知らない人間同士がなんとかして歩み寄って凹んだ部分を修繕していくようなところが恋愛モノとは別次元の話として良い。

46分っていう非常に短いおかげでうじうじした話にならなくていいんだよね。これがたとえば二時間の恋愛とかいうと、延々と付き合うだ付き合わないだの意味不明なことをわめきたてて最後にようやく付き合った〜付き合えなかった〜みたいなところに到達するけど「そんなんどうでもええわ! そんなん好きだったら好きって言って嫌いだったら嫌いって断ればいいだけの話なんだから20分でやれや!!」と思ってしまう。出会う、惚れる、お近づきになって、お互いの気持ちをわめきあって終了。非常にテンポが良い。

僕は子どものころおとなになったら、物の考え方や受け取り方自体が責任をとれる主体的なものに「変質」するんだと思っていたんだけど、実際年齢を重ねていく内に思うのは「なにも変わらないな」ってことなんだよね。もちろんいろいろ変わっていることはあるんだけど。でもその変化ってのは「こういう時はこうだからこうする」みたいな、パターンの積み重ねによってひとつひとつの判断基準が増えていってその分はじめてそれにふれてとまどう時間ってのをスキップできるようになるだけなんだよね。

高校生の頃の僕と社会人である今の僕で何が違うのかっていったら多少増えた知識と「こうなったらこうなった」っていう経験パターンの積み重ねでしかない。だから15歳の頃の僕と差異ってあまりないと思うんだよなあ。そしてそれは40になっても50になっても変わらないだろうっていう。もちろん周りの状況がかわって(立場がかわったり、付き合いがかわったり)していったときに取る行動がまったく変わってくるだろうからそうしたこともあるだろうけど。