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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

The Economist – Secrets, lies and America's spies

The Economist

今週のEconomist特集のコーナー。適当に削ったり自分の意見や考えを入れて足したりしながら訳しています。当然一部分のみ。

政府の最初の仕事は市民を守ることであるが、しかしそれは基本的に正しい情報への理解と合意の上に行われるべきであり、盲目的な信頼をすることではないという主張でプライバシーやセキュリティとその便益とを語っていて刺激的だった。エドワードスノーデンという若いセキュリティ業者が国家安全保障局であるNational Security Agencyが何百万ものアメリカ人の通話記録や何億もの外国人のインターネット活動履歴をとっていたことを示すドキュメントを暴露した。

このドキュメントはガーディアン紙とワシントン・ポスト紙に載せられたが、二つの大きな秘密を含んでいた。ひとつは通信会社であるベライゾンへの裁判所命令としてメタデータの移譲が要請されていたこと。この情報は通信を行った場所やその方向のようなものになる。他にもPRISMと呼ばれるFacebookGoogleAppleといった企業から電子メール、ファイルおよびソーシャル・ネットワーキング・データを集めるプログラムについていくつかの情報が含まれていたようだ。こうした情報の抜き取りは長い間推測されてきたというが、どれも違法とはいえない。アメリカ政府の力は法の強制力とそうしたテクノロジー系企業の情報抜き取りによって監視は今までより一歩先の段階へ踏み込みつつある。

オバマ大統領はこの剣に関してプライバシーとセキュリティと便益の間のトレード・オフについての議論を歓迎(welcomes)するといったそうだが、そうはいってもほとんどの委員はこのことについて話すことに積極的ではないように見える。また話したがっている政治家や経営者は規則に縛られて喋ることができないで居る。アメリカ人への意識調査では監視へのメリットについて分割された状態だが、なぜかといえば一つには、彼らはほんの少し、そこで何が進行していたのかを知っていたからだ。しかし民主主義下でのスパイ行為は、国民への正しい情報への理解と合意の上に正当性があるのであり、盲目的な信頼の上にではない。

たとえばアルカイダの攻撃や、先日のボストンマラソンでの事件のようなテロのために監視を行うのは良い場合がある。監視をしたおかげでそうした自爆攻撃や爆弾テロが回避されるのだとしたら、監視を受け入れようとする考えを持つ人は、当然ながらいるだろう。今は監視への反抗でもりあがっているところだが、再度どこかでテロが起これば監視OK!の風潮にすぐに傾くだろう。9.11のあと異常にアメリカで検閲が厳しくなったように。しかもそうした監視する側が自分の仕事について何を公表するかを選択するので、ただそれを聞くだけの市民では誰もそのコストと便益の判定を下すことが出来ない。こうした問題は国内の情報よりも国際関係の方に余波が広がってくるだろう。国ごとに情報への対応法が異なる。

とにかく最近この手のセキュリティとプライバシーと便益とのトレード・オフをどのあたりでバランスをとるのかというのは個人的にもずっと考えているテーマだ。レイヤー化する世界などという本で佐々木俊尚さんは場に情報をとられているのは知っているけどみんなそれを知った上で便益をもらってるんだ、だから僕達は共犯関係なんだなんてひどく単純化して捉えていたが、ことは「共犯関係」なんていってそれで終わったかのように済ませられるほど単純な問題ではないのである。