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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

ニンジャスレイヤー @ネオサイタマ炎上

うーむこれはたいへんおもしろい内容だった。

ニンジャスレイヤーといえば不可思議な翻訳調と世界観、そもそもの原本のぶっ飛び具合から(原本の存在が本当なのかどうかいまいちわからないのだが)そうした面ばかり話題になる感があるが、実際には何度も繰り返されてきた手堅いストーリーラインを保ち、そのぶっ飛んだ設定と文体をリアリティに繋ぎ止めるような詳細な設定や個々の感情表現、描写が丁寧で物語として実に優れたものになっているとおもう。昨日ダンタリアンの書架の感想で下記のようなことを書いたが

僕は物語には、できれば他の作品から外れたところがほしいと思う。どこにでもありそうな始まりであれば、みたこともないような展開を望むし、みたこともないはじまりであれば、それをどう物語として制御していくのかがみたい。みたこともないはじまりでめちゃくちゃに終わらせるのならば誰もついていかない。

ニンジャスレイヤーのようなはじめから世界観と文体がぶっ飛んだ世界で内容までなんでもあり、ぶっとび続けるというのではついていくことができないものである。妻子をニンジャに殺された結果、その復讐劇というシンプルな動機から起こる、短編形式でニンジャを殺しつつ本命の敵への復讐を狙うという物語構成。そしてそうした自身の中にも邪悪なニンジャソウルが宿ることによって、内なる殺戮衝動と圧倒的なパワーを制御しなければいけないという設定。強力すぎる力をいったいどうやってコントロールしていくのかというのは古来より繰り返されてきたひとつのテーマでもある。

漫画で有名なのだとナルトか。内なる破壊衝動や巨大な力を制御しようとする物語は、たぶん人間が誰しも経験するいっときの破壊衝動や、悪い行いへ傾斜していくこととシンクロしている。たとえば神話学のジョーゼフ・キャンベルは英雄の旅の本質について、理性を否定することが目的ではなく、英雄は暗い情念を克服することによって、理不尽な内なる野蛮性を抑制できるという人間の能力を象徴しているんだ、と『神話の力』の中で語っている。

またダークヒーローとしてのニンジャスレイヤーの前に次々と謎の怪人が(ニンジャだが)現れるというヒーロー物の定式に則っているのもあって、世界観と文体以外はひっじょーにオーソドックス、定式化されまくったものがこのニンジャスレイヤーという物語であるといえよう。ただしその肝心な世界観と文体がぶっ飛びすぎているがゆえに、非常にバランスがとれた印象を受ける。

実を言えば最初に一巻が出た頃に読んでいて、どうもノリ切れずに読むのをやめていたのだけど。第一部であるネオサイタマ炎上4巻まで読めて本当に良かった。人気がでているものについて早々に判断するのはあまり良くないなとアタリマエのことを再認識。

当初よりラスボスとしてラストバトルはこれでもかというぐらい燃えポイントを制覇していて僕的にめちゃくちゃポイントが高い。うわお! ここまでやってくれるのかよ!! と大絶賛である。もしこれが本当に日本人以外に書かれたのだとしたら、万国共通で燃えポイントは変わらないなと安心もする。

サイバーパンクとしてのニンジャスレイヤー

サイバーパンクが何かというのは僕がまったく知らないので説明をしない。なんかサイバーパンクについての説明って何度読んでも頭に入らないんだよね。それだけどうでもいいと思っていることの現れだろう。と、それはおいといて。サイバーパンクが何かは知らないが、サイバーパンクと呼ばれている作品は知っている。このシリーズを読むときにだれもがまっさきに思い浮かぶのは『ニューロマンサー』だろう。ニューロマンサー第一部のタイトルがチバ・シティ・ブルースだったことに衝撃を受けた読者も多いはずだ。そして何を言っているのかさっぱりわからない内容と、その意味不明にかっこいい文体にも衝撃を受けた。

だがいかんせん何を言っているのかわからず、難しい。というか用語が複雑すぎて、多すぎて、よくわからないのだ。念の為防御しておくともちろんサイバーパンク作品すべてがニューロマンサーのように難解な用語が頻出し、とっつきづらいといっているわけではない。外国人作家による日本文化の取り入れとサイバーパンクという共通するカテゴリであることから限定的に対比させているだけで。

その点ニンジャスレイヤーは非常にお手軽にそうしたサイバーパンク的領域に踏み込んでいる。この軽さはやたらととっつきづらいと思われている(そんなイメージが有る)SFにも通用しそうな手法だ。具体的には「ヤバイ級ハッカー」としての能力が小難しいことを全部抜きにして「タイピング速度」だけで凄いかダメなハッカーなのかが判別されるなど。「な、なに! たったの0,1秒であれだけの文章量を!! なんてヤバイハッカーだ!!」みたいな。

ともすればすぐに複雑化していくサイバーパンク的世界を簡単な概念に落としこんで表現している。ドラゴンボールの戦闘力の概念みたいに、タイピング速度でハッカーの腕がわかるのだ。それでいてハッカー同士の力比べ的な場面以外ではちゃんと電脳化された世界を描いており、そうした「省略する部分」と「書き込む部分」とのバランスが僕はニンジャスレイヤーという作品を支えている根幹だと読んでいて思った。

治安が最高に悪いネオサイタマという阿呆都市の描写(暗黒メガコーポとヤクザに占められている)やそこに住んでいる人間たちの暗い生活、そしてそこらじゅうで発生するニンジャたちの短編は読んでいてわかりやすいしそもそもギャグ表現として面白い。

そうはいっても

「無茶苦茶な表現で話題になった感があるがその実、堅実な話作りなんだよ」という話をしたがそうはいっても無茶苦茶な表現の方もちゃんと、めっぽうおもしろい。たとえば書籍版一巻に収録されている『キルゾーン・スモトリ』なんかは最初に読んで衝撃を受けた。大型商業施設でサトウ=サンとナガム=サンと呼ばれる2人のサラリマンがスモトリを殺害する遊戯に興じている。

 二人は再び、声もなく互いのチームワークを称賛し合った。彼らはカチグミ・サラリマンであり、全人口の約五パーセント未満とされる高等民だ。コケシモール周辺の無人エリアは、彼らのために特別に容易された危険な殺戮遊技場キルゾーン・スモトリ。(中略)
 カチグミ・サラリマンは組織の和を重んじるため、このような場においては、できるだけ均等な成績になるよう互いに気を遣わねばならない。万が一、二人のスコア差が10:0だったら、10を得た方は社内やネット上でムラハチにされるのである。ムラハチとは、陰湿な社会的リンチのことだ。

ぐわあああああ自国のことなのにこう書かれると最高に嫌な気になってくる。いや、実際最高に嫌なんだが。しかしこれが凄いのはただただ笑えるというよりかは、サラリーマンが相撲取りを遊技場で殺害するゲームを遊んでいるという異常極まりない状況下で、しかしそのいかにも日本的なサラリーマン描写がしっかりとされているとこだろう。さっきも書いたように「ぶっ飛んでいるが、その他の部分のところでリアリティを担保している」、ようはバランスがとれているのである(いや、正直とれていないようなきもするが)。

今思えばワンエピソードごとに感想を書いていけばよかった。惜しいことをした。

おわりに

メインストーリー部分ばっかりおってきてしまったが、実際には豊富な脇キャラクターが満載で、主人公であるために死なないことがわかりきっているニンジャスレイヤーのメインエピソードよりもむしろわくわくどきどきして面白かったりする。美少女女子高生でありながらニンジャとして覚醒してしまったヤモト・コキがフリーランスニンジャであるシルバーカラスと出会い、生きる力を蓄えていくエピソードなど、血なまぐさく、暗い雰囲気しか無いニンジャスレイヤー側のエピソードにはない清涼剤のようになっているし(あと絵がかわいい)。

第二部はまだ書籍出版されていないが、第二部も楽しみだ。

余談だがまたこのニンジャスレイヤーシリーズを読んでいた時によくフラッシュバックしたのが架神恭介さんによる『戦闘破壊学園ダンゲロス』だった。こっちは突如として魔人として覚醒し、その際に特別な能力に目覚めるという能力者バトル物なのだがノリの馬鹿さや魔人として覚醒するプロセスなどニンジャスレイヤーと共通する精神がある。そのうえ超名作なのでオススメ。コミック版もあるが、素晴らしい出来でどっちを読んでもいい。戦闘破壊学園ダンゲロス - 基本読書

ではでは。