基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

あのひとは蜘蛛を潰せない

何を隠そう僕は蜘蛛を潰せないし、幸いな事に蜘蛛を潰さなければ死ぬ!! という極限状況に陥ったこともないので蜘蛛を潰すハメにもならなかった。潰せないとはいっても「潰さなかったらお前を殺すぞ!!」と言われたら喜んで潰すだろう。蜘蛛というか、虫やら生き物を潰すのがダメだ。ゴキブリがいると悲鳴をあげて逃げる。たぶんやればすぐに慣れるんだろうけど、そもそも潰すっていう単語が既に怖いではないか。ぷすっみたいなかわいいかんじでもなく、ぐちゃ、っという濁音の重い音が似合う漢字だ、潰すという文字は。

そんなことは関係がなかった。『あのひとは蜘蛛を潰せない』は僕の自分語りの題名ではなく小説のタイトルである。レビュー依頼をだしていただいたこうさんには感謝。わりと絶賛されている中自分はもやもやしてしまったということだが、なかなか楽しんで読んだ。ただしもやもやも非常によくわかる。というところを書いていこう。

私って「かわいそう」だったの? 「女による女のためのR‐ 18文学賞」受賞第一作! ずっと穏やかに暮らしてきた28歳の梨枝が、勤務先のアルバイト大学生・三葉と恋に落ちた。初めて自分で買ったカーテン、彼と食べるささやかな晩ごはん。なのに思いはすぐに溢れ、一人暮らしの小さな部屋をむしばんでいく。ひとりぼっちを抱えた人々の揺れ動きを繊細に描きだし、ひとすじの光を見せてくれる長編小説。

女による女のためのR-18文学賞なんてものがあることを初めて知ったけれど、つまり著者は女性だし対象読者も女性ってことかあ。僕はその時点で対象読者から外れている。とりたてて女性作家であるとか、男性作家であるとかを意識することはない。けれど、たとえば鋼の錬金術師の主人公が男兄弟二人であるとかは男性作家だとあんまり考えないよなあとか桐野夏生さんみたいに「女性の欲望」充足的なところを狙って作品をつくっている場合には、嫌でも意識せざるを得ない。心理描写というよりかは、どんな場面をつくるか、どんなキャラクタを配置するかでわりと差が出てくるものなのかもしれない。

たとえばライトノベルのハーレム物がもろに男の欲望充足を狙っていることを否定する人もあまりいないだろう。多かれ少なかれライトノベルの主流として、男がなんやかんやで美少女に惚れられるという軸はある。それと同じように、女性の欲望を狙った物語というのも存在する。孤島にたった一人の女が男に取り合われるとか。まあ僕は普段あまり読まないので詳しくないけれど。ボーイズラブとかもあってその辺がどのようにわかれて、どれぐらいの勢いがあって、どんな作家がいるのかさっぱりわからない。

本作も28歳、いつもぼーっとしていて冴えない女性が突然バイトとして現れた年下の男の子にぐいぐい迫られてうはははは!! こりゃたまりませんなあ!! という感じ(これは嘘)で恋愛と、それから家族のこととか、仕事のこととかが進行していく。

まあなんだかいろいろとうまくいかない。父親はすでにおらず、母親とふたり暮らしだが束縛が異常にキツイ。28歳にもなって門限が22時ってどういうことだ。そしてそうした縛りを受け入れて、周囲に合わせて生きてきた主人公が、わりかし自由な年下の男の子と触れ合うことで解放されていくのがメインのストーリーライン。しかし仕事場では年下の男をたぶらかしているような陰口を流され、母親の束縛は変わらず、そして自分自身の中に母親との類似点を見つけ出していって落ち込む。

親の拘束がキツイのは、なんだか現代っぽいと思ったりする。子どもが減って一人っ子や少人数の兄弟が増えれば、それだけ一人にかける愛情と、その子を失敗させたくないという気持ちも増す。結果的に子どもをコントロールしようとしてさまざまなことをやらせようとするのだが、人間をコントロールするなんてたとえ子どもであっても不可能なのだ。本来そうした抑圧には子どもは自分自身で気がついて、途中で防衛行動をとらなければならない。何でも言いなりになっていては自分の人生とはいえないだろう。

ただしだからといって「拘束がキツイんだよババア!!」みたいな反抗をするわけにもいかず、完全に自分から切り捨てるわけにもなかなかいかないものだ。なにしろ自身が生まれてきたこと、そして育ててもらったという偉大な事実はなかなか消えないのだから。悪口とか、親の束縛とか、すべてを受け入れて生きていけばいいわけでもない。かといってすべてを切り捨てていいわけでもなく。母親との関係、年下の恋人との関係、職場の人間関係、どれひとつとっても「これだ!」という最適解の無い状況の中、どうにかして自分にとって最適なバランスをとっていかなければいけない。

そういう微妙なバランスを「蜘蛛を潰せない柳原さん」という人物を軸にして展開しているようだ。それぐらい臆病で弱い人(これには同じく蜘蛛を潰せない人間としては大いに異論があるが)。それは一面で、同時に取るに足らない蜘蛛のような存在を生かすことのできる優しい人間でもある(これにも異論がある)。そういう微妙な部分の書き方は非常に繊細でおもしろいとおもった。一方でここに描かれているようなケースは非常にシンプルな問題──というよりかは、単純に主人公の対処が後手後手に回っていたために引き起こされた事態であって同情する気にもならない。基本的には28歳にもなろうというのに周囲の強制力といったものを唯々諾々と受け入れてきただけの人生が引き起こした問題であろう。

ただけっこうすごいな、と思ったのがこの短い長編の中で主人公がなかなかの成長を遂げているところだ。ある意味最初がダメすぎたぶん成長がよくみえるといえなくもないのだけど、その書き方がまた直接的に書くわけでもなくなんだかわかりずらく書いている。こういうのはどのへんを狙ったらいいものなのかねえ。成長に関して言えば、たとえば「かわいそう、みっともない」といった他者への主観的な評価軸というのは基本的に相手にとっての無礼にあたるものだ。相手は相手なりに、人生を歩んでいるのであって、それを余所からあーだこーだいうものでもない。そのことに気がつく。そして周囲からの悪口といったものを「自分とは関係がないのだ」と切り離すこともできるようになっていく。

親との関係は国交正常化したかと思いきや新たな火種もちらほらと見えたりしてまったく人生ままならない。うまくいったかとおもえば、すべてが完全によくなることもないものだということか。最初は成長をあまり読み取れなくてもやもやを感じたけれど、ちゃんと読んだら意外と成長していたと思う。総じて恋愛モノが苦いな僕にしてはけっこう読めました。気持ち悪いぐらいにベタベタしていなかったのと、恋愛モノにありがちな「フラれたー、フラれるー!」とか付き合う付き合わないみたいな悶々とした展開がなかったからかもしれない。

僕はあれどうもダメでね。しょせん恋愛なんて個人間の口約束、信頼関係でしかないんだからどっちかがそれを提案して、もう片方はそれを受け入れているという状況でしかない、どちらかが契約を切ったらそれで特に何も繋ぎ止めるものはない、ひどく脆いものなのだ。だから恋愛物で「付き合ってくださいとなかなか言えない」とか「別れたくない!」みたいなのってどうもアホらしくみえてしまう。好きだったら「好きです」っていって振られたら「そうかーじゃあねー」でいいじゃないか。クレバーにいこうぜ、って思ってしまうが本作はその辺けっこうサクサクと進むので良い。