読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

マイペースな人と空気が読める人

「空気を読むな」という人もいるが、空気を読むべき時は空気を読んだほうがいいわけであって適材適所使い分けたほうがいいのは当たり前の話。でもどうにも空気を読もう読もうと思っても読めないことが多くて個人的に困ったなあと一瞬だけ思ったのだがどうもこういうことなのではないかとひとつ考えた。

思考するときの優先順位が異なるのではなかろうか。僕の場合ある状況があったときに、まず「自分がどうしたいか」を考えて、その後に「現場の状況=他の人がいる状況での最適な立ち振舞」の把握がくる。そうして僕は「自分がしたいこと」をいかにして尊重して他の人間がいる状況での立ち振舞に影響されないで行動できるかを考えるのだが、どうも空気が読める人は先に「他の人がいる状況の把握」をして、特に配慮を必要としなければ「自分がしたい行動」へと遷移しているような気がする。

僕はつまり「空気を読む=場の状況から自分の行動を逆算する」ときは常に「自分がしたいこと」が犠牲になる。それが極度のストレスになるしできるかぎり「自分がしたい事」を尊重して空気を読んだ行動をできれば「しないで済ませようとする」から、そのしないで済ませようとした所で「空気が読めない」という評価が累積していくことになる。まあようは「優先順位として自分がしたいことを空気を読むことの上に持ってくるか下に持ってくるか」の違いですよっていう当たり前のことをいってるんだけど、話はもう少しだけ複雑で思考プロセスがどんな順番をたどっていくかの問題なのだ。