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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

向日葵とRose-Noir (講談社BOX)

むなしさんリクエスト『向日葵とRose-Noir (講談社BOX)』著者は初の流水大賞を射止めた鏡 征爾さん。の二作目。正直、がんばって書いた自分の作品を流水大賞に送ろうとする時点で素晴らしい心意気と喝采をあげたい気分。作品はどこから説明したものか、といったところだけどすごかった。恋愛小説といっていいのかどうか。青春小説といってしまえば簡単に表現できるけど、そうした区分、分類が意味のない作品でもある。

まず文体がすごい。ずいぶん見事にバランスをとって崩している。崩しているとはどういうことかといえば、描写の順序をばらばらにして書いている。漫画でもなんでもそうだがまずは状況を描写して、全体図を俯瞰してから個々の心情や個人間のやり取りを取り上げていくのがまあオーソドックスな小説における視点の取り方といえる。情報は読者にわかりやすいように一つ一つ積み上げていくのも普通だろう。叙述トリックというのでもない限り。

本作は別に叙述トリックというわけでもない。読んでいれば普通にわかるが、それでも直接的に何がその場で起こっているのかは読者には最初よくわからないように、つまりわざと複雑にして書かれている。冒頭三行目の描写はこんなだが『大変残念なことに、俺の趣味は監禁である。隣には、俺に999999秒間監禁されていた絵夢子が、つぶらな瞳で座っている。』そしてこの絵夢子がなんなのかはしばらく読まないとわからない。もちろん999999秒間と秒表記しているのも意味不明だ。

その後に続く描写もけっこうなものだ。『顔を上げれば、生活指導の顧問を兼ねる猿渡教頭が、純潔なる十六歳であるところの俺を、猥らな言葉で冒瀆しているのがみえる。学校の廃校舎裏の部室で隠れて監禁するとは、いったいどういう所見だね、と腕を組む国語科の講師である彼に対して、先生それは所見ではなく了見です、と明晰に間違いを正してみせる俺の頬に、ビンタ──顔を赤くして腕をぶんぶん振り回す彼の姿が偽典の聖書で民を殺戮する野菜の天使・ソフィエルに見える──が被弾する。』

たいへんな過剰描写であり、何ら無意味な文体といっていい。明晰になどと表現を入れる必要はないし偽典の聖書で民を殺戮する野菜の天使・ソフィエルまでくるともうまったく意味がわからない。ただし明らかにこの異常な比喩の数々は視点主の頭脳のレベルを表しているし、それにこのネジがぶっ飛んだ感覚が常に彼を支配し、その後の異常な展開への布石というか、「異常なことをやりそうな人間の、やりそうな思考」についての情報を与えてくれる。

物語るのはこの異常な思考の彼なのだから全編ずっとこんなかんじだ。とんでもなくハイで、とんでもなくぶっ飛んでいる。情報はまったく整理されず、起こっていることへの直接的な説明はない。彼自身が常に現実を否定し自己暗示の呪文を自分に答えることで、自分の脳を思考停止に導き夢意識へと思考を向かわせてしまう。その為本書に描かれていることがどこからどこまで彼の暗示で、どこからが現実なのかは本当には読者にはわからない。常に麻薬でラリっているようなものでありそんなものが小説として成立できるのか。

しかしそのバランスの取り方が絶妙で、常にラリっていて夢なのか現実なのかも定かではないなりに、整然と説明されることもないが、そこには論理と描写から想像できる彼の悲惨な状況がみえる。ようは「なぜ彼はこんなにも狂ってしまったのか」が見えて、それが彼の行動原理になっている限りそこが物語のバランスをとる支点となる。もちろんそれすらも疑いだせばキリはないのだけど。

夢なのか現なのか。彼の世界はどのようにして成り立っているのか。最初は何もかも謎である彼の生活と言動と行動と環境なのだが次第に「なぜそうなっているのか」が判明していくといったところはミステリ的な小説であるともいえる。文体と描写は彼の世界を形作るひとつの表現手段で目的に良くマッチしている。狙いは斬新、表現手段も斬新だがバランスをうまくとっているのでとても鋭い、というのが率直な感想。

会話とキャラクタの方だと、起こっている状況はとんでもないのに、描写が淡白なのがわりあい今っぽい。適当にいえば、目の前で突然人が死んだ時に「うわああなんじゃこりゃあああ」と大げさに驚いて苦痛や苦悶を延々と書き続けどれだけその状況がヤバイのかマズイのか悩んでいるのか焦っているのかをこれでもかと描写するのではなく、そうした表現を抑えめに起こったことを「驚いて」「やるべきことをやって」「2〜3ケースを考えて」「実行する」と言った感じにシンプルに書いていくような感じ。過剰描写はそのままなので淡白というのも違うか。説明が難しいけど。

しかしこの人、此の作品を2009年に出版して以後本を出していないようなので残念。紹介されなければまず読まなかった作品なのでむなしさんに感謝。