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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

自分の中に評価軸を持つこと

自分の中に評価軸を持つことってのは平和に生きていくために重要だと思う。

これは◯◯に対しての〜みたいな特定の場合ではなく、ありとあらゆることへの話だ。

たとえば物語に対して、僕は平均よりは多い評価軸を持っていると思う。新規性だったり、文体/絵柄であったり、手法であったり、丁寧さであったり、細かい技術であったり。そうした自分の中での評価軸にのっとって、僕は作品にたいして「これはダメだな」とか「自分にとっては価値がないな」と決めたりする。たとえば「自分にとって価値がないな」と思った時に、Twitterやまとめサイトなどで絶賛されていようが、酷評されていようが、自分にとっての評価にはまったく関係がない。僕がネットにほとんど時間を使わなくなったのはそうした「他人の反応」「他人の視点」みたいなものに興味がなくなったからだと思う。人がどう感じようが僕にとっては関係がない。それで自分にとっての特定の作品の価値を修正することもない。

まとめサイトやSNSツールで「同じものをみて、同じものをやって、一緒に盛り上がる」ということへの違和感が常にあるのは、たぶんそうした基本スタンスにあるのだろうと思う。ようは「一緒に盛り上がる」「価値観を共有する」ことへの好みの違いというか。なぜ一緒に盛り上がらなくちゃいけないのか、なぜ価値観を共有しないといけないのか、というところがそもそも受け入れられないと、今はまとめサイトやSNSからは疎外感を感じる。

で、これは別に作品についてだけの話ではない。たとえば僕は採用担当をやっているのだが、正直採用ルール、基準なんてあってないようなものだ。特に中小では。たとえば「最近鬱になる人間が多いから、ストレス耐性の強い人間が取りたい。だから圧迫面接気味でいこう」とかとちくるったような意見がまかり通ってしまう。その結果集まってきた人材がそれまでの人生で得たステータスをすべてストレス耐性に降ってきたような人間ばかりで、実際に仕事を始めれば「あれができない、これができない、こいつはダメだ」といったりする。

完璧な人間なんてどこにもいない。あることが出来る人はあることができないのだ。ステ振りをあらゆる能力でマックスにすることは現実不可能である。でもそうした理不尽な採用、理不尽な評価がまかり通っているのが現実だ。さすがに上記のような例は僕が見てきた中でも最悪の例だが、別に採用に公式ルールなんてものはないんだから各企業ごとで千差万別であるのはいうまでもない。

さて、そうした時に重要なのは「自分にとっての、自分の価値」というものを正しく認識することだ。そんな狂ったルールのもとで行われる採用を、何十社も落ちたからといってその当人に人間としての価値が欠けているというわけではない。でもそれを誤認する人がいる。だからこそ自分にとっての自分の価値、みたいなものを認識しておくのは重要なのだ。たとえば僕はなかなか採用が決まらなかったが、それは僕がまったく嘘を言わなかったからだし、そもそも事前準備といったものを何もしない、徒手空拳でいったからだ。

その頃は採用ってものが一定のルールの上で行われていて、内定という勝利条件を満たすために手をうたなければいけないことが、よくわかっていなかった。でもそうした連続して落とされる就職活動の中で、僕は自分の価値を疑ったことは一回もなかった。僕は自分が平均よりはあらゆる仕事をうまくこなす自信があった。だからこそ落とされても「良い人材を逃したなこの企業は。採用システムがダメだな」と思っていたし、今でも自分にとっての自分の価値は変わらないから人に貶められるようなことを言われても「こいつはバカだな」としか思わない。

もちろんそれが自分の思い込みである可能性はある。自分が稀代の天才であると思っているわけではない。だからその「自己評価」の際にはなんとかして客観的な指標を持ち込まなければいけない。でもまあ、それだけの話だ。自分とまったく関わりがない、関係のない、他人のいうことを真に受けてふらふらするには人生は短すぎる。ネットでも現実で会う人間関係でもなんでもそうだが、ある特定のものにたいする「自分にとっての価値」をある程度確定させて他人の影響を排除することができるならば、ずいぶん充実すると思う。

また重要なのはネガティブな側面も自覚しておくべきことだ。たとえば僕は自分の書いている記事にたいして素晴らしいなどとは思わない。改善点が山ほどあるし、とても立派ではない。だからそうした自分が既に改善点だと考えていることを他人から言われても「そうだよねえ」としか思わないのである。ブログなんかやっていると叩かれたりすることもあるわけだが、そういう時も自分の記事にたいして、自分なりの確定した評価を持っていれば、自分以外の他人の評価なんて気にすることはないのだ。「ああ、この人はそういうことを思ったのか」と頭をかすめるぐらいである。

ただ──就職活動でもなんでもそうだが「他人の評価を得なければいけない時」というのはある。こういう時は「自分にとっての価値はあることだから」なんていってないで、他人の評価を得られるように路線変更すべきなのはいうまでもない。