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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

本を読むと

本を読むと好きな作家というものができる。

好きな作家を読むと、別の作家への興味が出てくる。好きな作家が好きな作家であったり、好きな作家が引用している作家であったり、好きな作家と系統が似ていると言われている作家であったりである。本というのは単体で存在しているようにもみえるし、実際そのとおりだが、無数に産まれて、存在してきた本たちの中での「文脈」というのもある。本読みはその文脈を辿る。

しかしどうだろうか。最近僕は自分の読書履歴をみていくと愕然とすることがある。「新しい作家がいない」。もちろんまったくいないわけではない。むしろ、平均と比べたらずいぶんと読んでいる方だと思う。でもこれは競争しているわけでもなければ、選ばれる人数が決まっている試験のために読んでいるわけではない。平均なんて意味が無い。そしてそれがなぜなのかと考えてみるに、僕には好きな作家が多すぎるのだ、という結論に至る。

何百人はさすがにいいすぎかもしれないが、何十人かは確実にいる。ヘタしたら、100人に届いてしまうかもしれない。その作家たちの中には、数年に一作しか出さない寡作の人もいれば、数ヶ月に一冊出す手の速い人もいるから均一ではないが、さすがにそれだけ好きな作家(=新刊が出たら確実に、あるいは気がついたらまず買う)という存在がいると、そうした新刊を追っかけるのにリソースをとられて未知の分野へのアンテナが鈍るのだ。

僕がやっている「レビュー本の募集⇒レビュー本を募集します - 基本ライトノベル」なんてのはそうした状況をなんとかして変えようという意識の現れでもある。図書館で本を借りまくっていた時は、新刊を物色し人が返した本を物色し、自分だったら絶対に金を払わないような本でも貪り読んでいた。今はすべて自分の金で賄っている。それは自由ではあるものの、「お金を払うのにためらってしまう本を読む機会が少なくなってしまった」という点で不自由でもある。

そしてできるかぎり自分の「観測範囲外」、自分だったら絶対に手を伸ばさないような本のことが知りたい。取り入れたいと思う。というわけで「レビュー本の募集」おねがいしますね。⇒レビュー本を募集します - 基本ライトノベル