基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

こうへいかん

日本人の二人に一人ががんになり、三人に一人ががんで死ぬ。がんは目下のところ完全に治療し切るのが不可能なものなので(種類はいっぱいあるけれど)どこかで「これ以上は現代医療の知識では治療不可能です」という部分がくる。恐らくそうしたところで、本人としても家族としても「これ以上むりったってまだ生きたいんだけど……」となったときに、「代替医療」なるものが押しウラれにくる。たいていバカ高いが死んだら金に意味もなくなるので湯水のように金を使うこともできて、それを狙う輩もいるのだろう。

別にそれに対して妥当性があるとかないとかいう話ではなく、公平感ってなんなのだろうなあと思ったのだった。僕はその話をきくと、宗教と同じようなもので「本人さえ信じていられるのなら別にいいんじゃないかな。こっちに薦めてきさえしなければ」と思う一方で「死にかけの人間に向けて金を搾取するような商売(もちろん中には真っ当に効果を信じている人たちもいて、正義感からやっているのかもしれないが)」が1兆円規模で市場があるのはどうなんだと思わなくもない。

ソーシャルゲームにたいして人々が思っているのも、近いものがあるのではなかろうか。ガンホーの1四半期の利益が前期の7383.9%増とか聞くと、「すごいですねえ」と思う一方で「すごいいきおいで搾取してますねえ」とも思うわけで、なんか、「不公平感」を感じるわけですよね。そんなに儲ける必用があるのか? ってもちろん企業なんだから儲けに走るのは当たり前なんだけど、それってなんか尋常じゃなくない?(笑) もちろんだからガンホーは利益を減らしてもっとユーザに還元すべきだ、と単純に思っているわけでもなく。こんな儲け方が続けられるわけがない、という感覚かな。焼畑農業的な。

国、文化、環境によって人がどこに公平感を覚えるのかっていうのは異なるものだ。もっと単純化すれば、公平感はそれぞれの価値観できまる。「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる」という考え方に賛成かどうかを各国で調査したところ計12カ国のうち日本の賛成率は最も低い49%だった。ロシアが53%でありフランスが56、アメリカ中国韓国などは軒並み70%以上である。同時に「自立できない非常に貧しい人たちの面倒をみるのは国の責任である」という考え方への賛成も日本が一番低く、59%しかない。直近の数値がアメリカの70%だけれども、アメリカは国に守ってもらう思想が弱い傾向があるにも関わらずの結果だ。

また「所得は何で決まるべきか?」という価値観についてのアンケートを日米で行った結果、日米共に「選択や努力」で所得が決まるべきだと考えている人が一番多かった。一方でアメリカでは学歴や才能で所得が決まるべきだと考えている人の比率が50%なのに対して、日本では10~15%しかない。ようは日本人は才能や学歴をアメリカよりも認めない傾向にある、ということだろう。企業に入った後高学歴イジメがあるなどということもあるが、なんというか日本には変な平等感みたいなのがあって、学歴や才能のような違いをできればなかったことにしたい人が多いのかもしれない。

何が言いたいのかというと、たとえば宝くじは買っている人はみんな納得して買っているんだろう。それは「最終的には運で決まるが、それまでのところで優劣はつけられていない」土台がきちんとしたルールだからだと思われる。ようは「土台のルール」への信頼があるかないかで公平感が決まってくる。アメリカ人は才能や運といったものを認める傾向にある=自由主義経済による最終的な所得格差なども「ルール上公平である」是認する傾向がある。のにたいして厳然と存在しているはずの才能や運を「認めない」と現実に存在している格差を「公平」とはみなさなくなる。だろうという話。

えーと、これがんとソーシャルゲームにつなげられるのかな……。ようは僕ががんの代替医療やソーシャルゲームにたいして抱いている非公平感というのは「企業はユーザを搾取するような形で利益を出すべきではない」というんと「死にかけの人間から高い金を引き出すのは倫理的にどうなんだ」という「冬木糸一の価値観」で勝手に公平かどうかを判断しているわけであって、つまり「主観乙」だな、というところにおとしとくか……。でもまあ、どちらも多くの人が思っていそうなので、いずれ改善されるでしょう。