基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

失敗と成功

なんでもそうだが、なにか目的をもって行動を起こして、しかもそれを何度も遂行する場合「失敗しない」なんてことはありえない。

たいてい何度かは失敗するし、そのたびごとに「なぜ失敗したのか」「失敗した場合どうやってリカバリするのか」を一つ一つ対処してことにあたることになる。仕事などは基本的にこの繰り返しだといっていい。僕はいわゆる「社会に出た」ときにああ、仕事ってらくちんだなあと思って今もその思いが変わっていないが、それは「目標が明確」なことが多いからだ。利益をあげる、会社の規模を大きくする、客に気に入られる、いくらでもあるがそうした目標はたいてい最初から設定されているもので、失敗も成功もわかりやすい。

両親もそうだったがとにかく「自分で金を稼ぐってのは大変なんだ」「仕事は大変なんだ」と言いたがる。もちろんそういう面もある。というかほとんどそれだ。面倒くさい、細々としたことをやらないといけないし、毎日同じ人間に会うのは信じられないぐらい苦痛だし、そもそも人と会うのが苦痛だし、移動するのが苦痛だし。でもそういうのは結局目標を与えられるか、通常想定される目標を自分に設定して「やればいい」わけでそうした面では「らくちん」なのである。

そんなことを考えてふと思ったのだが、僕は文章を書く、文章を読むといったときに「失敗と成功」をまったく意識していなかったな、と思った。ようは目的がないのだ。「大勢の人に読まれたい」なんて微塵も思わないし(むしろ読まれたくない。だから記事のタイトルはわざとつまらなそうに、ぶっきらぼうに、なんの意味も汲み取れないように書いているのだ)金が儲けたいわけでもない。達成すべき具体的な目標がないから、トライアンドエラーも起こらないし、そうか、だから僕の書くものはいっこうに(自己評価ですら)良い方向に向かっていかないんだな、と自己評価してみたり。

たまに人が集まってしまう方法を発見するともうそのやり方はやめようと思う(あれ、これはひょっとしてトライアンドエラーのひとつかな)。人に読まれたい、金が稼ぎたい、と明確な目標を設定して書いている人はだからわりと羨ましかったりする。