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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

驚けたほうがいいのでは?

ワールドウォーZという映画がもうすぐ公開されるが、この映画である要素が日本では「隠されて」広告がうたれているとほんの一部で話題になっていた。

広告なんか好きにうてばいいしどうでもいいんだけど、僕は内容をほとんど知らないで観に行くのが好きなので、その「隠された」部分が隠されているのはとてもいいことだと思っている。「隠すなんてとんでもない」という言い方もあるだろうが(たぶんこの場合問題になっているのは、まったく別の映画のように見せかけていることなのだと思うけど。宣伝を何一つ見てないので知らないが。)、いや、別に医者が患者にたいして「あなたは癌です」というのを隠しているわけでもなく、作品の内容を隠しているだけなんだからなんでもいいじゃないかと思ってしまう。そんなに観る前に内容を知らされたいのだろうか? 

と疑問に思うが、最近知ったのは「みんな読む前に内容を知りたがる」のである。作品紹介があればあらすじは絶対に紹介されるし、どんなジャンルで、どんなキャラクタがいて、どんな雰囲気で、といったありとあらゆる情報を摂取してから映画を見に行く人がいる。ようはそれぐらい下調べをして、「面白いに違いない」と確信をもって観に行くのである。面白いはずだ、面白いに違いない、自分の好きな筋だ、あの人がオススメしていたものだ、と。

まあ気持ちはよくわかる。何かを消費するにしても時間と、金がかかるのだから、できればおもしろいものが読みたいだろう。僕だってできれば面白いものが読みたい。でもそうやって、確信を得てから受容するときに絶対的に失われてしまうのは、「意外に面白かった!!」という純粋な驚きである。「これは○○ものだったのか!」というジャンルへの驚きであり、あらすじへの驚きである。

あらすじをしって、俳優を知って、ジャンルを知って、さらには誰かからのお墨付きを持ってみにいったときに、いったいどれだけの驚きが残っているだろう? 何も知らずに見に行った時と比べて、どれぐらいその驚きは軽減されてしまっているだろうか? 僕自身本について書いているわけであってその片棒をかついでいる恥ずかしさはあるけどとりあえず棚に上げておいて‥‥。

どうも、作品の紹介については、する方も受ける方もなんかちょっと違うんじゃない?? と思うことが多い昨今である。ああ、自己矛盾‥‥。僕は自分のブログが嫌いでたまらないのに書いてしまうぐらいには好きだ‥‥。

しかし今の世の中には情報が溢れかえっていて、つらいものがある。まっさらな状態で映画作品を受容できるなんてことはなかなか難しい。電車でもコンビニでも、そこら中に広告があるし。幸い僕はテレビもみないし、ネットの記事もツイッターすらほとんどみないから、そうした物理的に目に入ってくるもの以外は知らなくてすんでいる。よくみんな広告(Twitterで何かを褒めていたりけなしていたりする個人の純粋な意見も広告と似たようなものだ)だらけで不愉快にならないなと思うけれど。