基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

いや〜暑いな〜〜

外はこんなに暑いのに、会社は冷房が効きすぎてお腹が痛い。

一体何を思ってあんなに寒くしているのか理解できないが、まあ大部屋だと調節が難しいのだろう。

コミケの来場者数が合計59万人だという記事を観た。この人数はすごい。赤壁の戦いの曹操軍ですら、最大でも24万程度であっただろうと言われている。コミケ一日分よりちょっと多いぐらいか。それだけの人間を整理し、怪我や病気といったマイナスの事象に対処するのは並大抵のことじゃないだろう。ちなみに赤壁の戦いでは14万人の損害が出たとされる。

軍隊の場合は食料も必要だし、何ヶ月もかけて移動しなければいけないからその人間管理は想像を絶する難しさだっただろうとコミケの群衆をみると思う(コミケの話じゃなくて赤壁の話になってきたぞ)。大勢の人間が火計によって焼き殺されたそうだが、臭いや死体の後始末はさぞや大変だっただろう。14万人の死骸というやつはちょっとすごい。一人60Kgだったとしても8万4千キロ、8400トンである。8400トンの死骸を一体全体誰が片付けるのか?? まったく想像もつかない。

ちなみに僕が中国史が大好きで、この分野の本を400冊ぐらい読んだがその面白さの源泉は「めちゃくちゃ人間がいっぱいいて、めちゃくちゃ派手に死に、めちゃくちゃ殺し合いが頻発する」というところにある。何しろあいつら年がら年中、それも100年とか200年とかのレベルではなく何千年のレベルで人口が半減するような異常な殺し合いを続けているのである。現代の平和を愛する日本人が遭遇したら身震いするほど恐ろしい時代のはずだが、なぜか三国志は日本人人気が高い。中国人は関羽すら知らない人間が多くいるというのに。

一気に人間が何十万人も死んでいくスケールに興奮することを覚えた後、日本史に戻ると数万人程度の小競り合いが大合戦のようにいわれていて「え? 人数少な過ぎないか??」と妙な錯覚に陥るものである。むかしの人間はな~すっごく些細な事で殺しあうから面白いよね。ただそれでも日本の歴史小説が面白いのはそこにスケールの大きさとは別の「武士道」という一人の人間の内面に深く潜り込んでいく縦軸のスケールのデカさがあるからである。こいつらもバカなもので、恥をかかせられたというだけの理由で突如命をかけた斬り合いを始め、バカみたいに連鎖して腹を切り始めるから愉快で仕方がない。

張飛とか関羽とかまるでヒーローのように言われているけど(小説の話だが)ガハハハハと笑いながら人間を紙くずのように切り刻んで殺し知的な雰囲気のある孔明はご自慢の火計で敵を何十万人も焼き殺すような鬼畜たちだからな。やつらは首級の印として平然と人の首を狩って老人幼少を別け隔てなく殺戮していく野蛮人、なのにもっぱらヒーロー扱いなのだから恐れ入る。

ヨーロッパの方はそれはそれで面白いんだけど、中国の小説を読み比べると同じ時代の戦記ものであってもまったく別世界のように見える。もはや何の話だかさっぱりわからない。日記である。

そう、コミケである。59万人もの人間を整理するのは、並大抵のことじゃない。ちうか、もう無理なんじゃなかろうかと思った。キャパシティの問題もあるし(もう限界だろう、正直言って。)それを整理するコストの問題でもあるし(人数が集まれば必然的にけが、病気、違法行為などの件数も上がる)環境の問題でもあるし(暑さ、寒さ、ゴミなど)、もはやオタクが外に出たがらず、少子化の影響も出てゆるやかに人数が減って衰退していく──というシナリオだったら良かったんだろうが、もしこれより増える傾向があるとしたら、もう打つ手がないのではなかろうか。

会場をどっかの周囲20キロに何もない、一面の野原とかにして、秋とか春にやれば問題ないのかな、とか思ったり。徹夜も問題なければ場所代はほとんどかからないわいくらでも人が入るわいいことずくめじゃないか(冗談ですよ)。きっと関係者の人たちの間ではいくつもの検討が行われているんだろうなあ。