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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

人の思い込みに触れる日

今日は仕事中、人の思い込みに触れたなあ。

「これこれこういうことをしたらあれができなくなった。これこれこういうことが悪かったんだと思うけど、どうしたらいい?」「ええ、それはですねえ、これこれこういうことはまったく関係ありません。なのでこーやってあーやってやってくださいね。」というのが昨日のやりとり。今日になるとこれが「あなたがこれこれこういうことをやってくれというから方々に頭下げてなんとかやったのにぜんぜん変わらないんだけど、どうして!?」「これこれこういうことをやってくれといっていません。それはまったく関係がありませんといったのですが……」

この人の頭のなかには「原因はAだ」という強い前提が最初から存在し、僕程度が「それは違いますよ」といったところでその思い込みをまげることができず、むしろ自説を補強する材料として使われたのだった。これはなかなか極端な例だが、みな多かれ少なかれこの思い込みに囚われていると言ってもいいと思う。たとえば「A説」が正しいと思っている人が、ある本を読んだりある情報に触れたらそのすべてが「A説」を指示していたとする。そうしたら当然A説が正しいと思っている人はもっとその確信を強めるだろうが、しかしそもそもA説が正しいと思っているのでそれを補強するような情報ばかり集めていることもある。

人間の思い込みによる現実改変能力がけっこう恐ろしいことがこの一例からもみてとれるだろう。こんなの笑っちゃうような些事だが、たとえば放射能を怖がっている人が「あの人は放射能にやられて死んだんだ!!」と思い込むことだってありえる(何人もそういう人がいる)。だからこそ人の話なんてまったくあてにならないのである。僕は人の話を「すべてウソである」という前提でいったん自分の中に取り込んでから、「絶対に正しいと思われる部分」だけをよりすぐっていく方法で情報を取捨選択しているが、それでも当然ながら完璧ではない。

もう一つも今日の話。トラブルがあった時に「これこれこういう理由でトラブルが起こっていると思うんですけどー」と相手にいいにいく。すると「いや、それは違うんだよ、あのね、こういうことなんだよ」と呆気無く突き返される。でもどうしても相手のいうことが理解できない。まったく理屈が通っていないように思えるし、なぜかこっちがわかっていないと思われて怒られる。そんなにいうのなら何かこっちによくわかっていないところがあるのか……? と持ち帰って検討しても間違っていると思えない。

なんだかおかしい、と思ってもう一度喧嘩もじさない覚悟でいってみたら今度は話が通じた。ようはふたりともまったく別のものをみて同じことだと思い込んで話していたのだ。これは僕も悪かったが(実際には僕が部下に伝達を頼んでいただけだが。)相手も悪かった。「当然これについてだろう」と思って話し合っていたところからすでにズレているし、「なにをいっているのかさっぱりわからんが、これだけ熱心にいってくるんだったら相手が正しいんだろう」と理屈の通らないところでひいてしまったのは完全にこっちが悪かった。

その無駄なやりとりのせいで帰宅が一時間遅れたのが惜しい。その時間があったら一冊読みきれたのに。くそっくそっ。