基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

一週間お疲れ様でした。

ふうつかりた。

なんともやる気のでない一週間でした。風邪だったし。しかも治りきっていない。

ほんとにちびっ子だったときはあっという間に熱が出てあっという間に治った記憶しかないのだけど、昨今ではずっと微熱が続いたり症状が続く傾向があります。なかなか治らない。体調が悪くてもまあこれぐらいならいいかと出かけたり遊んだりしてしまうので治らないのでは。ようするに鈍感になったってことかもしれません。子供のころの方が味覚が敏感で苦いものが食べれないし、コーラも飲めなかったし(高校生になるぐらいまで炭酸が飲めなかった。正直今でも苦手でできれば飲みたくない)、それができるようになったってことはようするにあらゆる感覚が鈍感になったってことなんでしょうか。

洋雑誌探検記
というわけで体調が悪いにもかかわらず新宿の紀伊国屋で洋雑誌を探しにいったけれども、まあこんなもんかあ。新宿ブックファーストよりは面積が広いですけど、ほぼどっこい……。洋雑誌はともかく洋書の数自体はいっぱいありました。しかしどうもあの店はダメですね。好きになれません。あと探しに行くとしたら横浜か、東京の丸善か。丸善は安心でしょう。でもうちからは遠いのですよなあ。梅田かどっかのジュンク堂は素晴らしかったからあそこでずっと過ごしたいものです。

有名人の訃報がでるとみんなこぞって追悼記事を書きますけど、あれはとても嫌だなあと思います。うまく説明できないけど。どうせ誰だっていつかは死ぬんだから、死んだ時にわっと盛り上がるぐらいなら死ぬ前に書いといてあげればいいのに、と思ったり。たとえば筒井康隆だって長嶋茂雄だってもうすぐ死にますよ。ま、どうでもいいんですけど。とにかく外的な要因によって自分の行動を変えられることへの嫌悪感が強いのかもしれません。自分のペースを崩されるのがほんと嫌だなあ。あなたのことには一切関わらないので、こっちのペースにも何一つ文句をいってほしくないって仕事以外の部分ではいつも思います。仕事でも思うけど。

人が死ねばはいじゃあそれに対応しましょう、何かのりやすい話題があればはいそれに乗りましょう、ってそんな来た時来た時の波に乗ってばかりいたら、どこにもいけないでしょう? とおもったけれど、来た波来た波に乗るのが「自分のペースなんだ」という人もいるわけで、たんに人の好みの問題かもしれません。ある島を目指してがんばって泳いでいる人からすれば来る波来る波に対応しているのは無駄ですけど、サーファーだったら、それで正しい訳ですからね。大雑把にいえば、スイマーかサーファーかの違いでしょうか。

明日はエリジウム! 楽しみです(さっそく来た波に乗ってるぞ)。SF映画が大好きなのはそこにストーリーとか以前に、宇宙だとか、現実には存在しない未来を感じさせるデザインがみれるからですが、とくに今回はスペースコロニーですからね……。

もともとのスペースコロニーの熱狂は、カーソンの沈黙の春に描かれたような地球環境の深刻な悪化、人口増加や資源の枯渇による暗い未来像やアポロにみれるような宇宙へいけるんだ、という期待感が合わさって「地球からのエスケープ手段」としの側面が強かったわけですが(初期にフィクションでよく使われたスペースコロニーもそんな感じの理由付けが多かったような気がする)、今ではとてもそれでは説得力が保てません。人口はなお増え続けているとはいえ先進国では軒並み出生率が低下していますし、そもそも年間で増えている分を宇宙に出すにしてもそれだけ大量の人間を宇宙に放り出すにはコストが吊り合わないでしょう。それにいまは資源の循環とかよりもテロが怖い時代ですしね。一発ボカンで住人全員即死じゃ、笑えません。スペースコロニーは技術的にかシステム的にかテロに対応できるものなんでしょうか。