基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

書くことで失われること

僕の場合ではあるものの、ある作品を読んだり観たりしたあとに文章を書くようになってからそれまでの2倍か3倍は読んだり観たりできるようになった。ようはそれまで僕は読んだら読んだ時点でキャパオーバーしていたのだと思う。すっごく面白いものに出会ってしまうと一週間考え続ける、歩いている最中もそのことばっかり考えすぎて電車や車にひかれかけるなんてザラだったし。バイトや学業なんかなにひとつ手につかずに延々とぐるぐる考え続けてなかなか終わらなかったものだ。

書くと、おどろくべきことにあっという間にすっきりする。「あーよかったよかった」といった感じですっと頭のなかから妄執みたいなのが消える。どうも外付けハードディスクにデータを移行して本体からは削除するような感覚になる。たしかにあったはずのものが、書くだけでなくなってしまう。だから僕が「やっべーめちゃくちゃすげええーーーーー!!」というように興奮した文章を書いて、それを読んだ人が同じようなテンションで絡んできても「ああ……うん……あれ面白かったよね……」ぐらいのローテーションになったりする(もちろん例外はある)。あるシリーズを読んだときは20回近く記事を書いてようやくしずまったし、シリーズの単発作品ごとについてか書き連ねてようやく消化できるものもあればシリーズ全体について書くだけで消化できるものもある。まあ多かれ少なかれ書くとおさまってしまうのだ。

それぐらい自分の中から綺麗さっぱり消えてしまうので、これはこれで失われたものとしては大きいのではないかという気がしてきた。気がしてきたというか、なんか大事なものが失われているだろう。あの傑作を受け入れた時のぐるぐる回り続けている感じは今ではすぐに消えてしまうし、何より情熱が続かない、書き終わったらすべてが一件落着、一人で完結しているのであまり人とそれについて話たいとも思わない。ひとつのジャンルやひとつの作品に対して飽きることのない情熱を燃やし続ける人たちがいると、羨ましく思ったりする。

世の中には書かないと頭のなかが整理できないという人もいるし(僕がそうだ)、書かなくても整理できるという人もいる。書きまくっても情熱を失わずに発信し続ける人もいる。書くことによる効能が人によって違うのではなかろうか、という気がしないでもない。