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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

ラスボスの物語──『東京より憎しみをこめて』 by 至道流星

至道流星さん新シリーズ。めっちゃヤクザ。官僚。自分たちの狙った獲物をあらゆる手段でもって貶める検察とその情報でもって大衆のイメージをコントロールするマスコミ、落ちていった人間が陥る悲惨な日雇い労働にセーフティーネットのはずが機能しない生活保護。これでもかと機能不全に陥っている各種状況を取り揃えていて、なんというか日本・地獄めぐりツアーへようこそみたいな感じ。そうして主人公2人が落とし込められていくまでが一巻の内容で、話自体は何もはじまっていない。2巻が12月といハイペースで出るのも、このへんの立ち上がりの遅さに起因するのだろう。でもそれだけに一巻だけだと特に書くことがない。

第二巻に「月成拓馬、極道入門」とあるので次は今までの起業プロセスなんかを極度に単純化してみせたように極道のプロセスについて解説しつつ物語に組み入れられていくのかもしれない。極道についてほんとに驚くほど何にも知らないので(場所代? をとって生活してるの? ぐらいのレベル)その辺は楽しみだが……。あまりキャラクタのやりとりに軸をふっていかなければ安泰だと思うけれど……。さあどうなるかな。導入に一巻まるまる使ったということは、それぐらいじっくり腰を据えた物語にしたいという現れだろう。

「私、決めたよ。自分の組を創る。だが任侠団体じゃない。半グレみたいに中途半端なカスどもでもない。もっと果てなく突き抜けた、世界を滅ぼす悪の組織だ」

世界を滅ぼす悪の組織──RPGにおけるラスボスのようなものだろう。そういえば至道流星さんは羽月莉音の帝国3巻あとがきで「ラスボス」についてかつてこう書いていたことがあった。『東京より憎しみをこめて』の主軸2人が目指すのは、この方向性のように思える。

 ぼくにはどう見ても、自分の操作する主人公より、ラスボスの方が苦境の道を歩んできたように思えて仕方がありませんでした。いちいちていねいなフラグが用意されている主人公たちは、バラバラにやってくるモンスターたちを大量虐殺しながら、楽々と進みます。
 一方、ラスボスの方は、頭の悪いモンスターたちをなんとか統率して、しかしけっきょく最後はひとりで戦うわけです。ほんの少しでもモンスターに知性があるのなら、一〇万くらいの大軍で主人公を包囲殲滅すればいいのに。
 とにかく、あらゆる艱難辛苦に耐え、ラスボスは強い使命感に燃えて闘います。たいていのケースで、ラスボスは世界を滅ぼそうとする存在です。 〜中略〜
 本来ラスボスになれるほどの力を持ってすれば、悠々自適で楽しい日常が送れたはず。頭が悪いなりに一生懸命な大量のモンスターたちもなついています。
 それでも、そんな日常を捨て去って、使命感に燃えて戦ってきたのです。現在の地位に至る過程において、着実に力をつけ、万難を排し、苦しみながらも成長しつづけてきたラスボスのすがたを想像すると、憐憫をさそいます。
 いったいどれほどの強い信条が、ラスボスを突き動かしたのでしょう。自らの信念に押しつぶされたりしないのでしょうか。自らの使命の重さを、嘆き悲しんだりはしないのでしょうか。世界を滅ぼそうとするだけの強いイデオロギーを、ラスボスは持っているのです。

国家権力によって無残にも追い立てられたヤクザの一味。同じく元官僚。手下には大勢の頭の悪いヤクザたち。資産はたくさんあるので悠々自適な生活を送るには問題のない人生。本作の主役2人が目指すのは、かつてこのあとがきで触れていたような、世界を破滅させるだけの強いイデオロギーを持った確固たる「ラスボス」なのだろう。主役2人が二人共国家権力およびマスコミによって理不尽な仕打ちをうけていることから、おそらく相手は国家権力および一般大衆。力は圧倒的に上というか、比較するのもおかしいような対象だ。待ち受けている艱難辛苦はちょっと想像もつかない。

世界を破滅させるって、しかしなんなんだろうね。羽月莉音の帝国は自らの国を創りあげることがひとつのテーマだったけれども、その過程だって意味では「世界を破滅」させているといえるし、そもそも「誰にとっての世界なのか」といった上流の定義から決めていかないと破滅させるもなにもない。ノミの世界を破滅させてやる! といってノミを絶滅させても「世界を破滅」させてるし、「あの一家の世界を破滅させてやる!」といっても世界の破滅だしね。

そうしたところも今後明らかになっていくのだろう。がしがしだしてくれー。