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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

趣味にかけられる時間

もし仕事であればかけられる時間というのは自然と決まってくる。納期があって、求められているクォリティがある程度契約において決まっていることが多いからだ。最低限これぐらいは、というラインぐらいでなんとか出せばいい。

趣味だとどうだろうか。趣味の場合金額面はともかくとしていくらでも時間が費やせるようにも思うが、なかなかそうもいかない。たとえば僕はこの記事⇒ブラインドサイト by ピーター・ワッツ - 基本読書 を書くのに、上下巻の本を2回読んで翻訳なので著者の英文Wikipedia、ネットで検索してくるインタビュー、著者HP、他の人間のレビューといったものを目を通せるだけ通して書いたが、もうそれだけで4〜5時間経ってしまう。ほんとのこといえばもっと何度も読みなおして、間違いがないか何度もチェックして、その上で内容の方向性の検討もして……といった形で推敲のレベルを4ぐらいまであげたいと思いつつも、できていない現状である。

参考:推敲レベル1とは誤字脱字、事実誤認のチェックである。推敲レベル2は文章全体の言い回し、表現方法のチェックである。推敲レベル3は文章における想定される反論にたいしての防御力についてのチェックである。推敲レベル4は文章の内容にどれだけ他人が言わないようなことが書いてあるのか、そしてそれにどれだけの人が賛同してくれるかといった攻撃力のチェックである。このブログは雑記ブログで適当なことを書き散らすだけなので推敲レベルは0、書いたらそのまま放り投げである。

何度か著者自身から「貴殿のその説明は間違っております(その為削除するか修正するかを要請します、といったメールもくる)」というメールが着たこともある。正直言ってほとんど誰も見ていないブログではあるので影響自体はほとんどないと思うが、それでも間違ったものを書いてしまうのは随分と心苦しいものがある。本当に申し訳ない。それにクォリティにもまったく納得がいっていない。だから本来ならすべての本についてブラインドサイトの記事を書いた以上の時間と労力をもって仕上げたいという思いがある。

一方で僕としてはひとつの記事としてクォリティをあげたいという以外に、できるだけ面白いとおもったものについてはたくさん書き残していきたい、そうしないと次に進めないという思いもある。そのせいでたかが個人の好き勝手でやっている趣味といえども、自分の中で矛盾した感覚がうまれてきてしまうのである。もっとちゃんとしたい……でももっとたくさん書きたいし……という。単なる言い訳になっているが、でもそういうぐだぐだした葛藤をかすかに感じながら書いているわけである。