基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

だらだら

東京より憎しみをこめて 2 (星海社FICTIONS) 面白かった。日本暗部めぐりツアーだった一巻に比べて極道している。いかにして暴力をつかって、かつ法律にとらわれないように金を稼ぐのか。右翼団体のような人様に合法的に迷惑をかける存在をどうやって使うのか。そして一般常識とは別に存在している極道の常識も同時に書いている。もっともなにが本当かなんて知らないのでこれが現実かどうかなんて判定はできないのだが。今までの作品とはまた違ったやり口で、面白いですね。その分展開は遅いけれど、今後の展開の為に基礎を積み上げていってくれているのだと思いたい。どこまでいくのかまだまだわからないな。あまりに表紙の色が違いすぎて本屋で見逃しそうになったけど。あと帯は罠。

ゲームの待ち時間

ゲームというのは必然的に待ち時間が発生するもので、あれが僕には許せない。たとえばボタンを押した時にその結果が返ってくるまでの演出時間とか。ぱんぱかぱーんって。たとえばなんでもいいが艦これでいえばある船を新しくつくるときに演出が入る。一日30万回その動作が繰り返されるとしたら、そこで一秒の演出が入るだけで人類の時間は30万秒≡83時間 も無駄にされているわけだ。一秒ってことはないからもっと無駄にされている。まあ、それがゲームの情緒的な部分につながっているかもしれないから無駄なんていうとゲームファンに怒られそうだけど。内部的な処理をみればほんの0.1秒もかからずに終わっていることをたらたらと演出されるのも我慢ならん。小説や漫画といった物語でそうした情緒的な部分が受け入れられるのは「同じことが繰り返されない」からで、ゲームが苦痛なのは同じ演出が繰り返されるからだと思う。

アクセス権の話

本は資産だが、電子書籍は資産にならない - 狐の王国

これは当たり前の話で、どうにかしなければならないのにどうにもなっていないしどうにかなる未来もみえない。僕はできれば全部を電子書籍で買いたいぐらいの人間だが、それでもそれが「アクセス権」でしかないことには異議しかない。物体を手元に持っているというのは、絶対的なアクセス権を自分で保持しているということである。漫画喫茶にいけば漫画が読める、というのと手元にあるからいつでも読める、というのはやはりアクセスの速度が違う。そういう意味で言えばKindleで買うのはアクセス速度という意味では手元においているのとほとんど同じことだと思うが、消えるのが相手の自由であるとなると相手の「支配」を受けているのと同じことだ。買えば買うほど相手の支配を受けることになる。これは当然やる方からすればうまくてしかたがないので、こうやるに決まっている。