基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

殺陣の納得度

とっぴんぱらりの風太郎 by 万城目学 - 基本読書
上の記事で殺陣の納得度という他の作品についても共通する要素について書いたのでこちらでも書きなおしておこう(内容は変えてある)。

殺陣の納得度とは何か。たとえばAとBが戦った時に、片方が勝った理由がよくわからないか、なんかよくわからんが強くて勝ったみたいな状態だと「えええ??」と納得がいかない。これは当然ながら納得度が低い状態だ。これは共感してもらえると思う。しかしなぜそんなことが起こるのか。それはたとえば「力関係が明確ではない」といったことがあげられるだろう。こうした明確な力関係の明示がないと、たとえば「主人公は超強いです」とだけいって「一般人との差」「ちょっと強い一般人との差」がわからない。そうするとどんな状況であっても「主人公は勝つ」しかなくなってしまい、闘いの場面にさいして勝つことへの納得でいえば「ただ主人公は強いから勝つ」みたいな残念なことになる。逆に負けたとしても「なんで負けたかよくわからねえ」ということになる。

じゃあどうすれば納得感が出るのかといえば、たとえば本作(とっぴんぱらりの風太郎)では忍者と一般人、一流の忍者と二流の忍者とそれぞれ明確に力関係と力の差が設定されていて、イベントごとに彼我の戦力差で「苦戦」するときの説得力がある。ユニット毎の力関係が明確に定められていると、その時々の状況での「ヤバさ」みたいなのが読んでいる側にもすぐにわかるようになる。たとえば一般の武闘派ぐらいであれば忍者一人で数人倒すのはなんとかなる。忍者vs忍者だと流派にもよるが基本的に互角。つまり忍者10人対こちらが多少腕のいい忍者3人とかだと普通にやりあったら絶対に勝てない、といったそうした「絶望的な状況」が明確にわかるように設定されている。

もちろんそのままだと勝てない。状況のわかりやすい設定が完了したらあとは「いかにして勝敗に納得感を出すか」の細かい話になっていく。忍者10人対忍者3人のような勝負で、「Aは死に物狂いの力を出してBを刺し殺した」といった描写で勝敗が決着してしまうなら、そこには納得感などまるでない。「なんだかわからんが勝っちゃうんだ〜〜」と思うだけだ。他にも突然「最初に設定したはずの力関係が突如変わる」ような現象、勝てるはずのないと一度は設定されたような状況が特に理屈なくくつがえったりすると「殺陣の納得度がない」ということになる。またよくあるのが「いくら殴られてもどれぐらいのダメージが通っているのかさっぱりわからない」というので、最近だとキルラキルがこのタイプだ。

殴られる、殴る、といったダメージの設定。彼我の戦力差の明確な設定。このあたりが曖昧なままだと何がどうなろうが納得感は出ない。描写の仕方、うまさによって説得力を出す方法もあるが、これは文章だと難しい。一方で忍者10人対多少腕のいい忍者3人で状況が設定された場合、3人が勝つだけの納得度の高い理由が演出されていると「殺陣の納得度がある」というわけだ。

本作ではその説得力の一つとして、「肺活量がすごい」「火薬を扱うのがうまい」「毒の扱いが得意」といった特殊能力持ちユニットがそれぞれの能力をいかして戦場を撹乱していく。能力だけでなく、不意を打つとか、相手の知っていない情報を突然喋って同様を誘う、相手の知らないこちら側の伏兵がいた、といった作戦・状況の有無でいくらでも状況が変わっていく。もちろん人によって「どの程度で納得するか」は全然違うので、統一的に納得度を出すなどということは不可能だが、戦力差があると一度設定された状況を覆すようなイベントを書くならできるかぎり「それだけの理由」を書いてほしいといつも思う。

こういうのがうまい作品では『戦闘破壊学園ダンゲロス』がある。これは能力バトル物としては一級の作品なのでオススメ。