基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

料理がまずい

世界征服〜謀略のズヴィズダー〜を2話までみてこれがなかなか面白い。紹介するわけではないが。

2話では女性キャラクタの一人の料理が壊滅的にまずいという話が出てくる。食べた人間は人類の起源までさかのぼってふらふらになる表現まで出てくる。起源がどこにあって、いつからある表現なのかはわからないが、コメディ要素のひとつとしてもはや定番になり、繰り返されすぎてもはや何の面白みもない。新しい表現も多少の小手先が変わっているだけで、変化がない。見ている方もやっている方も飽き飽きしているに違いない死んだ要素だと思うが、それでも尚延々と繰り返される。

なんでなんだろうなあというのが今回の疑問。とりあえずこの属性をつけておけば、1エピソード生まれるという利点はあるだろう。物語というのは基本的に課題発生⇒課題解決の形で進むので飯が不味いという生活において重要な要素が欠けているというのはわかりやすく解決しなければならない課題に適している。ただ言ってみればたかだか飯が不味いだけであり、解決法も極々限られている。特訓するか、代理を立てるか、そもそもそいつに作らせないようにするか。大抵の場合導入で判明する設定の為、わかりやすいキャラクタ説明になるのかもしれない。弱点属性としては害のない部類だし。

ああ、あとは料理=女性という(古臭いものだが)象徴を欠けさせて、そこの役割を男性主人公に担わせることで男性側の「庇護欲の充足」になることもある。ズヴィズダーも言ってみればこのパターンだし。料理に限らずこの手の女性の役割を欠けさせてそれを男性キャラクタで埋めるっていうやり方、ありふれているうえにあからさますぎて気持ち悪いけどね。ぱっと思いつく、いつまでたっても料理がまずい描写がなくならない理由は1.エピソードが作れる。2.弱点属性としてつけやすい(物語を阻害しない)。3.男性への庇護欲充足の一手段 だけど、創る側からすればもっと色々理由があるのかもしれない。