基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

記事のタイトルについて

書くことはないけど書く気分だからなんか書くか。記事名について書こう。

本について書くとそれだけで対象読者ががくんと減る。つまりブログの記事名を「混沌ホテル by コニー・ウィリス」とかにするとそれだけで「本の紹介ならいいや」という人が大多数。この段階で来る人はそのブログを元々知っている人か、その本にもともと何らかの興味がある人がほとんどだがそんな人は滅多にいない。次点で「SF女王の傑作短篇集! これを読まずにSFが語れるか! 混沌ホテル」みたいな付加情報をつけると「SF好き」ぐらいまでの人間は射程に入るようになる。だいたいSF好きがこの世界にそんなにいないので五十歩百歩だが。

次により射程が広くなるのは本の紹介であることを隠してしまうことだろう。ようは「寝過ごさない為の10の方法」とかいう記事名にして、実際内容としては同名の本でもなんでもいいがおんなじようなことをいっている本の内容紹介をする。本の内容紹介だとその時点でさらに惹きつけられる人は減る。さらに進化させて「本の内容紹介である」ということを隠し「自分で考えましたー!」と偽ってしまうとさらに人が集まってくる。これは何度か実験したが再現性があった。ようは「そこだけにある情報」という価値が「自分で考えました」にはあるということだろう。本に書いてあることだったらわざわざその記事を見たり、ブックマークしなくても本を読むよね、という話になのだと思う。

あとは本の紹介なんかよりも雑記(このくくり方は雑すぎるが)の方が人がくる。本の紹介は本を日常的に読む人(超少ない)の中でもさらにネットの書評なんてものをあてにするような絶滅危惧種みたいなドマイナーな存在にしかアプローチが届かないが雑記だとそれ以外の「本なんかほとんど読まない大多数の人たち」にまで届くから当たり前の話だけど。あとネットの揉め事、ニュースへの考察なんかに突っ込んでいくとかいろいろあるけど不毛だ。「記事名が大事だ」というのは多くのブログのアクセスアップで言っていることだがもう少し細かく見ると記事のつけ方、題材の選び方によって射程範囲が自ずと変わってくるからそれを意識しないといけないねというクソ当たり前の話だった。

僕は大抵の場合読まれる必要はないと思っているから「混沌ホテル by コニー・ウィリス」のような人がこなそうな記事名にしているがたまに広く知らしめたい本で「混沌ホテル by コニー・ウィリス」形式で人が呼べなかった時は汚い手も工夫しなければならなくなってくる。雑記記事を装おって、その引用としてさりげなく紹介するとか。なんにせよ不毛だ。