基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

名前を知っていることと、その本質を理解していることは全く別の話である

『呼鈴の科学』という本を読んでいたらいきなりこの言葉が飛び込んできた。

名前を知っていることと、その本質を理解していることは全く別の話である

もうこれだけで「ああ、ちゃんとした人が書いている本なんだな」と思って安心できる。名前というのは、単に人に伝えるためだけにあるものだ。もちろん名をつけることで物事を明確に区別しわかりやすくするという機能はある。しかしその本質的なところは、それが一体全体どういう仕組でなりたっていて、どういう経緯でそうなっていて、どういった機能を果たすのかの方にある。本質は名前でなく働きにある。

名前をなまじ知っているばかりにその裏に潜んだ仕組みを忘れる、ということはこのブログで過去にも書いたことがある。名前をつけることでわかったような気になる - 基本ライトノベル 愛だ、と書いた途端に愛のことをわかった気になるし自由だ、母性だ献身だのとまるでその意味を自在に把握しているかのように「名前」を使うが、実際その言葉の意味をどれだけ厳密に把握しているだろうと考える。言葉を使うというのは誰もが当たり前にやっているようでいてかなり危うい地盤の上にある。