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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

さいきんよんだもの

艦隊これくしょん -艦これ- 鶴翼の絆 (ファンタジア文庫) by 内田弘樹

シュヴァルツェスマーケンシリーズで硬派にラノベらしからぬ文章を書いている著者なので割合楽しみに発売日を待っていた。キャラに寄るか、はたまたシリアスな物語自体に寄せるか、著者の作風からして明らかではあったけれどもちゃんとシリアスっている。でもまあ、ゲームのノベライズというのはどんなものであれ難しいものだ。ゲームのシステム的な要請でそうなっている部分を、いかにして物語にした時に理屈をつけるのか、あるいは完全に無視して話しをつくりあげるのかという判断がまず難しいし、キャラゲーだと出来上がったキャラクタを崩したり発展させたりするのも難しいところがある。東方シリーズのように台詞がほんのちょっとしかなく、STGという想像の余地を大幅に残した形であれば隙間もたくさんあるが。

たとえば艦これでいえば一度に戦闘に出撃できるのは六隻までだが本作では『六人を超えると敵深海棲艦に航路を探知され、待ち伏せを受ける確率があがるから』ということになっていて、それは未知の情報収集能力のおかげだというが意味がわからない。同じ艦娘が何体も出現することについてなどのようにゲームシステム的な部分で無視されている設定はいくつもあるが、あまりに無視しすぎると今度は反発が大きくなる可能性もあり、このへんの調整がゲームのノベライズの難しいところの筆頭だろう。戦闘もゲームルールにしばられていてよくわからないのでどっちが勝っても負けても逆転しても納得感が薄い。

キャラ物としては有名ゼリフあり、歴史に絡めた逸話が満載で物語的にも重要になってきて──と面白いと思う。ただキャラクタはどうでもいいんだよな、とそんな感じで読み終わってしまった。キャラに興味が無いのにこんなもの買うなって話ではある。

ただし少女はレベル99 by 汀こるもの

汀こるものさんの作品ははじめて読んだ。リツイートされてきたツイートを間違えてフォローボタン押してしまってそれに気が付かぬままにフォローを返されてしまったので、それからツイッターを見ている。新刊もそれがなかったら買うことがなかったであろうことを考えるとTwitterのクソアプリさまさまか(今の公式TwitterアプリiPhoneverってツイート内容の下の並びにフォローボタンがくっついているからしょっちゅう誤フォローしてしまうんだよね)。

これはなかなか面白い。理性的な話であれもこれも割り切れすぎているのが物足りない気もする。隙間がないというか。このあたり深く考えずに適当書いているので不明瞭な感覚論でしかないがそんな感じ。『ただし少女はレベル99』のレベル99とは別にRPGの話だとかそういうわけではなく、単に凄い能力を持った少女がいるというだけの話。「最強」を軸に話をつくる作品群のひとつになる。最近だとウィッチクラフトワークスとか、ワンパンマンだとかか。俺TUEEEEEE系とかともいうのかな。

俺TUEEE系と一口にいっても強さにもいろいろあるからなあ。「問答無用で絶対に最強⇒ワンパンマン」「最も強いが、条件次第では負ける可能性がある⇒魔法科高校の劣等生」「参戦者の中で最強の部類⇒ソードアート・オンラインウィッチクラフトワークス、ノーゲーム・ノーライフ」などなど。ここでいう「強さ」とは個人としての絶対値というよりかは、参戦者の中での相対的な力関係の中で決定されてくるものなのでそのへんも含めると使いにくい概念である。

話の展開のさせ方にも一定のパターンが出てくる。たとえば問答無用で絶対に最強だとそれだけで既に話しのパターンがかなり制限されてしまう。ワンパンマンも初期の頃は「絶望的な状況をつくる」⇒「ワンパンマン登場」の繰り返しだったが段々と脇役キャラクタが増え「主人公が出てこない展開」をしきりと志向するようになる。これは当たり前の話で、ワンパンマンが出てくると終わってしまうからだ。問答無用で絶対に最強とかいうキャラクタがいかに扱いづらいかがこの漫画を読んでいると実によくわかる。

条件次第では負ける可能性があるパターンと参戦者の中で最強の部類パターンが一番多いだろう。この場合「負ける状況」が設定できるから物語のパターンに幅がうまれる。「ほとんど最強」パターンだと人質をとられたり弱体化の手段をとられたりして自身が弱体化されるパターンが多い。『ただし少女は〜』の物語パターンもこの「弱体化」を使う。もっともその強さ自体よりも家庭の問題だったりといった内面にふる話もあって、こっちのほうが好きだったな。

図書館パラセクト 平安残酷物語 by 日日日

図書館パラセクトは短篇集なので平安残酷物語とは基本的に繋がりはないのだが、後日譚のようなものが短編の合間に挟まっているといういやらしい売り方だ。短篇集はラノベでは珍しい、個々に全く無関係な短編が揃っている。ラノベは基本キャラ物だからそういう次にキャラが使いまわせない単発の短編ってほとんど存在しないんだよね。ある日、爆弾がおちてきて とかはだからかなりの例外のうちのひとつなのだ。

平安残酷物語が僕は結構好きだった。人類が奇妙な現象によって滅びかかっている中でのほほんと暮らそうとする話だ。奇妙な現象のせいで人間が分裂したりする。妖精さんがいなくなったけど超常現象が起こる人類は衰退しましたの世界だ(語り手の性別が女性であること、語り口まで含めてそっくり。明らかにぱくっただろ、と思うんだけどそこまで似せる意味がよくわからないので実際は偶然似ただけなのかもしれない)。

ビスケットフランケンシュタインも含めて世界滅亡物をわりあい書いている作家だと思う(どれも講談社BOXだなそういえば)。このジャンルの魅力はいくらでも思いつくが、『ザ・ロード』の中で語られた『おそらく世界は破壊されたときに初めてそれがどう作られているかが遂に見えるのだろう。』というのがポイントのひとつなのかなと思う。消えかかってもう二度と戻ってくることのない物を思う時にこそ、我々は郷愁を覚えるのだろう。