基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

人に本を贈ることの難しさについて

贈りものとして本を選ぶことは、できることなら選びたくない選択肢のひとつだ。

食べ物であれば話は簡単。相手に届いて、もし仮にそれが相手にとっていらないものであったり苦手なものであったとしても(あまり多くはないと思うが)、その場合それを他人にあげるなり捨てるなりして「おいしかったですよ」といっておけばいい。それ以上の答えなど誰も期待していない。捨てる手間、渡す手間はあれ、プラスになることがなかったとしても、マイナスになることもない。好きだろうが対して好きではなかろうが食べてしまえば一瞬でなくなってしまう、お互いの間に好意のみが残る、幻のようなものだ。

これが本となると読まずに捨てるというのは少々難易度があがってしまう。仮に「読んだよ」とだけいったとしてもその時相手が期待するのは「で、どうだったの」であり裏のあらすじだけ読んで話をふくらませることも、出来る人は出来るだろうが、慣れない人には難しいだろう。そして読むのは物を食べるがごとく一瞬にはいかない。まずかろうが普通だろうが「うっまず」で終わらない。

本は時間消費財である。読む場合それには時間を削られるのだ。贈る側は気楽なものかもしれないが、送られた方はそれをたいていの場合読まなければいけないか、読む必要があるよなあと思いながら延々と心のどこかにしこりを残し続けることになる(もちろん、気心の知れ好きも嫌いもツーカーの仲であれば全く別の話だが)。そして読むのには時間を必要とする。これがネックだ。それだけの時間を使わせる価値がその人にとって本当にあるのかどうか。この問いを誠実であろうとするのならば、贈る側は考えなければならない。

対策はあるのか。あまりに分厚い本は、たとえ自分が大好きな本であったとしてもやめておいたほうが無難だろう。10時間を超えるような時間を、贈り物に対して消費させてしまうことになりかねない。長すぎず、短いぐらいがちょうどいいのかもしれないなと思う。絵本ぐらいならちょうどいい。あとは……、これは裏の手だが、インテリアとしても使えそうな表紙の素敵な本を選ぶのはひとつの手だろうと思う。「読む」ことが負担になるのであれば、いっそのこと「インテリアにでもしてね」といって読む負担を軽減させてあげるのだ。

まあ、結局のところは、相手のことをよく考えて、自分と相手は好みが違うのだとよく言い聞かせる以外にはないのかな。相手が喜んでくれればいいし、相手が読まなくても、それは当然なのだという心構えを持とう。贈り物ではなくて、貸し借りでも同じことだ。僕は本に限らず人に何かを貸す時は、それが戻ってこなくてもいいと思いながら貸す。貸し借りなんてものは問題発生装置みたいなもので、何らかの不具合は起こるものだ。そんなことで腹を立てたり、計算をしくじってもつまらないだろう。