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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

本をしこたま読んだ時に脳内で起こること

本をしこたま読むと(しこたまって何冊だよという話はナシで)起こること。それは内容を明確に覚えていないにも関わらずすらすらと頭のなかから事例が引き出せるようになる。なんてことのない普通の文章を書いているとよく起こることだが、特に意識していないのにそれに関連する昔読んだ情報が自然と浮かび上がってきてまるで自分が思いついた文章かのように書いていることがある。完全に自分の考えだと思い込んでいるのだが、一週間とか一ヶ月して「あ、あれはあそこに書いたあったことじゃないか!!」と突然思い出したりする。

好きなことしか書かないし、書きたいと思った時にしか書かないので僕は文章が流れるように出てくるタイプだが(クォリティは度外視)この書くときに自分の頭の中で過去に読んだ情報がごった煮状態からぽんぽんと引きずりだされていく感覚は実に気持ちが良いものだ。それは常に意識にあるのではなく書いていくうちに引きずり出され結合していくものなのである。ああ、そういえばこんなこともあったな、こんなこともあったな、とぽんぽんと情報が繋がっていく。たぶんこうした言い回しや内容も過去に読んだものの影響を受けている、それも意識されることがほとんどない。

さて、物を書いていない時はどうなっているのかというと──、こっちは考えることが次から次へと湧いてくるような感じになる。小説のことを思い浮かべているだけで時間がいくらでも潰せる。あ〜あんな話があったな〜こんな話もあったな〜、と思い出す。仕事中あまりに何もやることがなく、ネットも制限されているといった時は過去の名作を頭のなかで再生してクライマックスで感極まって仕事中に何もしないでぼろぼろ泣けるレベルで頭のなかに物語が詰まっている。数日前お風呂で頭をがっしがっし洗いながら、この小さい頭のなかに今まで読んできたいろんな名作や素晴らしい文章の言い回しや過去に人がいっていたおもしろい発想がいっぱい詰まっているなあ、この頭は誰にも渡したくないなあと意味不明な喜びに打ち震えていたのであった。

余談。この記事は今日どこかで「本読みが読んだ本の内容を覚えておくためにしていること」みたいな記事のタイトルだけみて「覚えてねえよなあ」と思いながら書いた。しこたま読むと──いったんそれは頭のなかから消えたように見せかけて、ふとした瞬間につながって蘇ってくるのだ。その結合のパターンがいくらでもあるので、しこたま本を読みしこたま文章を書く理由である快感になっているのだと思う。