基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

なんか書く気分だから

何も書くことは思いついていないけど書こう。今日は会社の健康診断だったので(もうすぐ辞める分際で健康診断かとも思うが、受けられるうちは受ける、享受できるものは享受する)午後引け。平日の昼間に街を出歩くことはまずないのでどんな人間が歩いているのかみえてとても新鮮。昼に突然ご主人が帰ってきたので犬がとても喜ぶ。のんびりと犬を連れて散歩。今住んでいるところは住宅街なのだが家だらけで車だらけで犬の散歩に適した空間ではない。だいたい人間がこんなに密集しているところに居たくないものだ。いつも犬のためだけに広い空間のある、犬が犬であることの必然性を果たせるような土地へ引っ越したいと思う。

オーストラリアの大学に行っていた時は、そこがゴールドコーストの片田舎だったからかもしれないが家と家の感覚は異常なまでに広く、土地がありあまっていた。道路は広く買い物に行く時、大学に行く時は大抵マウンテンバイクを使って走るのだが、何者も邪魔する存在がいない広大な空間を延々とこぎつづけていけるのですべてが自分の物になったような清々しい気持ちになったものだ。日本に戻っても何度もあの時の感覚が蘇ってくる。空間的に開けていることが人間精神に与える影響は、とても大きいと思う。あの国の人達は料理といえば焼くしか知らないような大雑把なものだし、時間は守らねえし英語は何を言っているのかさっぱりわからないし子供はクソガキばっかりだがなんというかみなおおらかさだけは常に持ち合わせていたように思う。僕が通っていた床屋のお姉さんは一年のうち八ヶ月しか働かないのだと言っていた。八ヶ月働いて四ヶ月休みってのはいいよなあ。

『Ancillary Justice』を読んでいる。Kindle版がなかったが読みたかったので紙でわざわざ取り寄せて読んだ。紙でちゃんと一冊読もうとするのは初めてだけどさすがに50冊ぐらい読んできているので、普通に読める。謎の惑星を舞台にしたSFでTrolen of justiceという人間の身体を何千もつなぎあわせた共通意識にアクセスしている戦闘用人工知能が出てきて、性差が生物学的にないという面白い文化を書いている。で、この性差がない人間をなんと表現するのかといえばこれが「she」なんだよね。SFなんて読者の大部分は男だし、書き手も当然男が多いから入りやすさでいえば圧倒的に「he」を使った方がいいはずだ。でもそこをあえて「she」にしてきたのは、読者側が特に意識しないまま持っている男性優位性を浮き彫りにする意味があったりするのかなと思いながら読んでいる。

また同時に作品中での意味としては、Radchaaiというカルチャー内のみの伝統(性差がない)であるために、容易に近隣文化との差別化がはかれるということがある。かなり厳密に統制され、監視され(先に書いた人工知能がそこら中から監視している)、上下が分かれている(Upper cityとLower city)ため、そうした近隣住民との差別化要因が監視体制を築き上げている。

他に面白かったのは文章が基本人工知能の語りで進んでいくのだが、こいつらが価値判断の速度を早めるために感情を持っているために機械的な表現と感情的な表現を同居させ、しかもそこら中に分身が散らばっている設定のため一人称でありながら三人称のような視点の広さを発揮できるのは技法としてうまいなと思った。結局読んだ本の話になってしまうな。日記を書こうとしてもどうしても書評になってしまうのだ。あと最近柄谷行人にハマっていろいろ読んでいる。市民通貨サイコー! みたいなこといってるけど、ゼンゼン意味がわからないなあ。ビットコインについてはなんていうだろう。