読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

集中力の有無

集中力とはなんだろうか……。なんとなくうおーーーーーとかがーーーーってやっている時は集中力が発揮されているような気がする。もう少し具体的にすると作業をやっていて時間があっという間に過ぎていく時とか、はたまたある対象にのめり込み過ぎて話しかけられても気づかないような状態。まあ「それだけに意識が集まっている状態」のことだろう。自分が集中力があるかないか考えたことが今までなかった。たぶん普通に集中力がほしいという場合は「勉強しなきゃいけないときに勉強だけできるようになりたい」とかそういう感じなのだろう。

意識が分散してしまうのが悩みというか。幸いそういうことはあまりないというか、集中できないのは集中力の問題ではなく環境の問題であったりそもそもやりたくないことだからというのが理由だからであって、そういう意味での集中力がほしいと思ったことがない。集中できない状態をもう完全に諦めて受け入れてしまっているから。で、今日仕事で黙々とプログラムを直していたんだけど、その時突然話しかけられて飛び上がるほど驚くということがあった。「うひゃあ!」みたいな。相手もびっくりしてたし。

で、これはきっといわゆる「集中している」状態なんだろうなと思ったのだ。確かに考えてみれば完全にそれだけに集中して周りのことがなんにも把握できてなかった。そうかこれが集中しているのかと25年生きてきて初めて知ったわけだが、そう考えると文章を書いているときは全然集中していない。本を読んでいる時も話しかけられて驚くということはない。こっちもそれなりに真剣にやっているはずなのだが、この集中力の違いは何なんだろうと思った。

思うにこれはプログラミングが精密さを必要とする作業であることと関連しているのではないかというのがまず第一の仮説。文章なんていくら間違おうが、別に文章自体が機能しなくなるわけではない。しかしプログラミング中に間違えるということはタイプミスひとつとっても動かなくなることを意味している。もちろん一発書きでコンパイルが一回で通るなんてそんな夢みたいなことめったにないのだが、入り口で防げるのならそれにこしたことはない。必然一個一個の作業に慎重になる。その為集中力が発揮されるのではないか。

集中力が能力であるという事は全く考えていなくて、ようは「それが発揮される環境にあるかどうか」が重要なのだと思う。また2つ目の仮説としては、プログラミング中のほとんどの時間は問題を探している時間だということ。いったい何が問題なのか? 何をどうしたらいいのか? 気の向くままに書けばイイ文章とちがって、プログラミングをしている時は明確な目的がありある程度その目的によせなければならない。実現するために必要なことと、その為にいちいちミスを潰していかなければいけないが、問いかけが非常に限定されているために集中力は一点に向かい没頭できるのではないか。

「それだけ」に専念できる環境を整えることが集中力を発揮するまず最初の手段だが、文章を書くようなファジーな行為とはちがって具体的に設定された問題、具体的に設定された環境を解に向かって突き進むことが第二の手段だといえる。別の機会にも応用できるかもしれない。