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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

宇宙での生活は不可能

“Interstellar” ノーランの最新作トレーラがいつのまにか来ていた。陰気な雰囲気で地球から、宇宙へ飛び出していく。Interstellar -- Trailer -- Official Warner Bros. - YouTube “Mankind was born on Earth, it was never meant to die here.”とあるようにどちらかといえば肯定的な意味合いで、宇宙へと飛び出していく。この肯定的な意味合いというのが結構重要だと思う。最近宇宙を舞台にした映画といえばエリュシオンといいゼロ・グラビティといい「人間が生きていく場所じゃないよね」っていう危険性や「カネ持ちの道楽の場所だよね」みたいなネガティブなイメージに寄与していたからだ。

一方で宇宙空間がそれだけ市民権を得てきたことでもあるのだろう。人間が多く宇宙へ進出していった結果として、未知、危険な場所、気を抜くと生存できない空間としての使い勝手のいいメタファー(海や砂漠やジャングルよりも)になった。映画をみる幅広い客層にとって宇宙空間がそれだけ浸透した結果であるとするならば興味深いことだ。必要以上に魅力的に書く必要もないし、必要以上に危険性を煽る意味もないが。

僕はずっとSFは今後拡散しつづけていくと思っているが(それは決して売上が上がり続けると言っているわけではなく)それは一般人にとって宇宙や科学的なテーマに触れることが今よりも一層「当たり前」になっていって、その結果SFこそがリアルになるからだと思う。日々信じられない速度で技術の進展が見られる現代においては現代をそのまま描いていては映画では間に合わない。5年先、10年先を予測してつくろうと思ったらSFの領域に踏み込んでいかざるをえない。

SFが拡散すると考えるような一方で現実に人類が太陽圏外にまで出ていく合理的な理由が何かあるだろうかと考えると、「回避しようがない隕石が地球に降ってきたから」とか「火星への移住」を別にするとエイリアンしか考えられないよなあと最近は思う。人口は今はまだ増えているが先進国になるにつれて出生率は低下傾向にあり、その中で踏ん張っている国であっても「人口増加」の割合には届いていない(出生率が2.7ないと人口は増えない)。いずれ後進国も現在の先進国並みの衛生環境に近づいていくにつれて世界的に人口は減少傾向に入るはずだ。

そうすると資源、エネルギー量的な理由でも場所的な意味でも地球を出て行く理由なんてなくなってしまう。もともとオニールが提唱したスペースコロニーも、当時の悲観的な地球環境の悪化、止まらない人口増大からこのまま地球にいてはジリ貧だという考えが根本にあったからこそのものだ。宇宙にいくことが人類の希望である時代があった。今の受け取られ方とはまったく違うことはいうまでもない。もちろん月にいく、軌道上にいく、実験を行う、といった程度のところにまではいくと思うけれど、その前へ人間がいくようになる未来の理屈がなかなか思いつかない。宇宙での生活は不可能とはいわないものの、合理的ではないだろう。

“Interstellar”がどのような宇宙観を提示してくれるのか、今からすごく楽しみだ。