基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

褒めといたほうが無難だ

 身も蓋もないことをいうが、なんにせよ褒めておいたほうが無難なことがおおい。他人を否定するのはリスクが高い、あらゆる側面で。これはデール・カーネギーが『人を動かす』で言っていたこととも符合する。人は「褒められたい」と常に思っているものであり、ソレにもかかわらず日常生活では褒められるという経験が圧倒的に少ないのだ。みなあまり褒めない。なので褒めると、余程のひねくれ者以外はそれだけでこちらに心をひらいてくれるものだ。僕は人付き合いがたいへん苦手なタイプだが、基本相手を褒めることだけはカーネギーを読んでから実践しつづけているので、幸いな事に人間関係でそこまで深刻に悩んだことはない。

 別事例をあげると、レビューなりなんなりだろう。これはわかりやすいのは、たとえば頓珍漢な褒め方をして「てめーの言っていることは間違いだらけだ」と絡まれることは、めったにない(ノンフィクションだと別。たとえば美味しんぼの件を褒めたら叩かれるだろう(あれは体裁はフィクションだが))。と言うか僕自身、2000記事ぐらい延々とレビューを書いてきているが、その中で「頓珍漢な褒め方をしたせいで絡まれた」ことは一度もない。逆にけなす時は、頓珍漢なけなし方をしたばっかりに、著者自身からメールがとんでくることすらある。いくら一見したところ正しそうな理屈をつけていてもけなす時は絡まれることが多いし、客観的にみて(10人がみて8人がおかしいと思うような)ケチをつけたくなるような、理屈の通っていないけなし方をした場合はものすごい勢いで絡まれる(他人を観察していて。自分はあまりけなさないのでない)。

 これはようするに、そもそも人間が生存競争下で、生き残る為には「良いこと」よりも「悪いこと」への反応を重視してきた過程があるからだろう。「良いこと」を見逃しても死ぬわけではないが、たとえば捕食者である虎などを「見落とした」りしたら即、死につながる。基本的に自分が傷つけられる、持っているものがマイナスされることを極端に恐れる「現状維持バイアス」などのように、もとからして傷付けられること、損なわれることを嫌う本性がある。「でも作品を批判するだけでしょ?」と思うかもしれないが、ファンというのは自分が好きなモノを自分と同一視して捉えている傾向があるので、自分の好きなモノが批判されるとまるで自分が批判されたかのようにくってかかる人が一定数いるのだ。不思議なことだけど。

 だからまあ、安全にネットで暮らしたいなら基本的には誰かを否定し、傷つけるようなことを言わないでいれば、安全度は高まる。もちろん「お前の態度が気に食わない」とか、そういう理不尽な絡まれ方は関わる人間が増えてくると必然的に出現するものだが。じゃあお前は批判されるのを畏れていろんなものを褒めているのか、かっこわりーなと思うかもしれないが、もちろんその通り。批判したっていいことなんかなんにもないので批判しないのだ……と自分で思っているだけで、「いや、お前は批判しまくってるよ。批判がないほうが珍しいぐらいだよ」と言われたこともあるが、とにかく自分としてはあまり批判していないつもりである。

 Twitterとかで人の言動をみていると、うかつになにかを批判してボッコボコにされる事例などを見ることがある。たとえばジャンルを批判するとか。「最近のSFはクソばっか」と呟いてみるがいい。SFファンたちが大挙してあなたをぶっ叩きに押し寄せてくるだろう。近似ジャンルとしてライトノベルなどもそうだ。自分が何かを批判しがちな傾向がある場合は「防御力(理屈)を入念に張り巡らせる努力をする」とか「そもそも批判しない」とか、自分がやることの危険性を充分に認識しておいて、事前に準備をしておいたほうがいいだろう。