基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

理屈が通ってりゃ正しいのか?

うまくまとまってないからだらだら書くが。

現状のネットはよく煽り合いになったり、言い争いになったときにそれを誰かがまとめて、さらにそのまとめを読んだ誰かが冷静な第三者のように現れて「こちらのほうが理屈が通っている」とか「こっちは通ってない」みたいな判定を下すことがあるが。だがそもそもそんな低レベルな罵り合いになっている時点でどっちもどっちであり、煽って相手の不用意な反応を誘って一部分で理屈の正しさを発揮させたりして「それ、確かに理屈はとおっているのかもしんないし、言葉の喧嘩はうまいかもしんないけどゲスさではどっちもどっちだからね」みたいなことがある。

世の中完全に理屈で動いているわけではないのに理屈を絶対的に正義とすることへの違和感というか。別に理屈が通っているからいいわけじゃないじゃないですか。たとえばこんなニュースがあったけど⇒「銀座でバイト」が原因で 「局アナ内定」を取り消された 女子大生が日本テレビを訴えた  | 賢者の知恵 | 現代ビジネス  これは正直よおやるなあ、立派だなあと思うけど、こんなん内定取り消しを法律で強引に取り消させたって、相手側の怒りをかって苛められるに決まってるじゃないですか。

お前はいらないとはっきり言われて、たとえそれが不当だったからといって法律ではそれはありえないといって強引に入社したら、理屈は通っているかもしれないけど感情面の決着がひとつもついてないし。会社側からしたら「いらないといったやつが強引に理屈をこねくりまわして入社してきやがったぜおいおいマジかよ」という感じでしょう。この件に関して僕が別に「水商売をやっているようなやつはテレビ局に入る資格はない」といっているのではなく、理屈じゃなく感情面が問題になっている場面で理屈を押し通したってろくなことにはなるわけないじゃないか。

まあ、もちろん殆どの場合は理屈が通っている方をいろいろな意味で信用したほうがいい場面は多いんですけど、理屈が通っているから問題がなんでも解決したり、正義になるわけじゃあないですよね。当事者間の問題を周りがみてそれを拡散・まとめて整理するなんてもう一連の流れ自体が気持ち悪くて仕方ないし、それに言及してしまっている自分自身も嫌なのでもうこういう話題はないようにしますけど。