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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

uncreative writing

uncreative writingという本を読んでいて、これがなかなかおもしろい本で。

uncreativeとついていることからもわかる通り、世間一般的にいえばどう考えてもクリエイティブじゃない行動の中にクリエイティブさを見出そうというか。アンクリエイティブっていってるけど、でもアンクリエイティブだっていって目を背けていたらダメなんじゃないの? ちょっといっかい本気出して考えてみようよ、という本だ。で、この視点が「確かになかったなあ」と思わせるもので、いろいろと発想と考えがぽんぽん湧いてきたりする。たとえばモリスという人がやっているケルアックの路上をブログに淡々とretypeしていくプロジェクトの事など、幾つものuncreativeな事をしている人の話を紹介していくのだけど、もう既に名作と評価を受けていて書き上がっている文章を書き直す行為は明らかにcreativeじゃない。でも書きなおしていく過程で深くその本について考える時間ができて、ただ読んでいるだけじゃあ理解できないケルアックがその文章を書いていた時の状況により肉薄する。翻訳家なんかはこうした経験をしているんだろうけど、普通の人はまずしない経験だ。

またあえて「コピペで文章を書かせる」ということもある。そうすると、コピペだからオリジナリティなんてなにもない──のかといえばそうでもなく、情報の並べ方や出し方で充分に個性が出てくるのであって、そして同時に文章をつなぎ合わせることによって何がいいたいのかも当然別々だから、「uncreativeな試みだがcreativeな面が出てくる」ことになる。キーボードができて、それをいくらでも発表する場が出来て、この世にはクズみたいな文章が溢れかえるようになった。クズのような文章が溢れかえる時代で我々はその泳ぎ方をあまりにも教えられないし、クズのような文章が溢れかえる世界でさらにクズな文章を生成する無間地獄に捉えられているようだ。uncreativeというのはキャッチーな言葉だが、実質的には「このクズのような言葉が溢れかえる世界で、我々はいかにして読み、そして書くべきなのか」それを本しかなかった時代から一向にアップデートされないこの世界でアップデートしようよ、という話でもある。

このあたりの詳しい話についてはそのうちちゃんと記事を書こう。今日はメモ代わり。